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「荷物があまりに重たくて、気分転換に休憩してから帰るのもいいかなって。食べながら本読んでました」
無作法を見られていたと思うと恥ずかしい。
「もしよかったら、そういう時は誘って下さい」
「でも……先生の貴重な休憩時間に……」
この間の夜は、羽目を外し過ぎた。あんなに自分のことを話したのは、久しぶりだった。施術でお世話になって、その上、個人的にも会う。尚晴にはその距離感が掴めない。彼の生活に入り込んで、プライベートの邪魔をしたくはない。落ち着きたい一心でグラスを傾けるが、既に空だった。恥ずかしさのあまり、また顔が熱くなる。さっきから空になっていたが、店員さんに声を掛けても気付いてもらえなかった。そばを通ってくれるのを待っていたのをすっかり忘れていた。
「すみません」
橘が手を上げてよく通る声で言うと、厨房から店員が顔を覗かせた。
「お水、お願いします」
手ぶらで来ようとする店員に橘は腰を浮かしてそう言ってくれた。些細なことだが、尚晴が気を揉んでいたことを橘は簡単に解決してくれた。
「何を食べたんですか?」
「ナポリタンです」
「あーそれも良かったかなぁ」
子どもみたいに悔しそうな顔をして、橘は独り言のように呟いた。橘が頼んだのは、キノコの和風パスタセットだった。
「美味しかったですよ、今日は朝早くてお腹もすいてて……あ、先生は毎日早いですよね」
「起きるのは七時くらいですよ」
「十分、早いです」
気後れしながら尚晴は苦笑した。今日みたいに高校へ出勤する日以外、滅多にそんな時間には起きない。
程なく、運ばれてきたパスタは醤油のいい香りがした。食事を終えたばかりだったが、尚晴も家で作ってみたくなった。橘がそういうのを好きならば、尚更だ。
橘が食事を終えるのを待って、一緒に店を出た。橘にはゆっくりしていって下さいと言われたが、もう店で一人、読書をすることに魅力を感じなかった。
「美郷さん、それ持ちますよ」
エコバッグの方に手を差し出されて、尚晴は戸惑った。橘は手ぶらで、尚晴は書類でパンパンの鞄を無理矢理肩に掛け、布のエコバッグをぶら下げている。でも自分で勝手に荷物まみれになっているのだ。橘に持たせていいとは思えない。
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