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開いたドアの先にいた宮本先生が、私に気づく素振りをみせ、皺の刻まれた顔に優しい笑みを浮かべる。
躊躇いがちに教室に入った私に、宮本先生は椅子をひいて座るように促す。
その仕草は紳士的だ。
来年、退職される宮本先生は数学を教えている。
穏やかな口調の宮本先生の授業は、生徒達の癒しでもあり睡魔との戦いの時間でもある。
宮本先生は、私とテーブルを挟んだ正面に腰を下ろすと、置かれていた卓上のカレンダーを手にとった。
「99日目ですね」
「え?」
「石橋さんが事故にあって今日までの日数です」
99日――――……
『今日が終わる。ゲームの期限は、残り99日。どうする?』
頭にやる気のない神様の声が蘇る。
ただの偶然かもしれないのに、意味を持ちたくなってしまう。
宮本先生は、卓上カレンダーをテーブルの元の位置に置きながら言葉を続けた。
「僕のところに来たということは、親御さんに訊いていないんですね」
どういうことか全く分からず、首を傾げた私を見て、察したように宮本先生は微笑む。
「心配で渡せなかったんでしょう」
「……な、何をですか」
私は小さな声で尋ねた。
「学校に訪ねてきた青年から受け取ったメモ紙です。連絡先が書いていました。渡したんですよ。お父さんに」
宮本先生の発した言葉に、私は面食らった。
「……父にですか?」
「ええ」
そんな話は一度も訊いていない。
「親としては渡せなくて当然ですかね。ストーカーの類ではないかと他の先生方も心配されていましたから。だけど、実際に接した僕にはどうもそうとは思えなくてね。とても必死でしたし、真剣でした。だから、彼から受け取って手渡したんです。」
「添島肇……」
私は震える声で宮本先生に尋ねた。
「添島肇って名前じゃなかったですか……?」
宮本先生は首を捻る。
「そんな名前でしたかねぇ?」
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