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男は座っていた2階の手すりから飛ぶようにしており、黒髪の青年に手を差し出す。
「それ、着るわ。持ってきてくれたんだろ? 上司に会うときくらいは、正装しないとな」
黒髪の青年は、自分の腕に抱えていた黒衣に目を落とすと、男に渡す。
男は黒衣に羽織うと、襟を整えた。
そして、ポケットから黒い革の手袋を取り出し、手にはめる。
「そろそろ、行きますか?」
黒髪の青年が、腕時計を眺める。
「……あとちょっと待ってくんない?」
黒衣を着た男は、手すりから下の階の行き交う人々をもう一度みると、タレ目をくしゃっとさせた。
「死神だって、ハッピーエンドが見たいんだ」
――――――――そう言った、神様の声は、もう私には聴こえない。
祈るように見つめた、振り返ったその人は、私を見ると目を大きく見開いた。
少し大人びた、変わらないキレイな顔をした添島くんが、そこにいた。
目があった私の方へ、添島くんがゆっくりと歩いてくる。
私も添島くんの元へ歩いていく。
私達は向かい合う。
添島くんは、信じ難いような表情を浮かべ、目の前の私に唐突に言った。
「……フユがいなくなったんだ」
「え?」
「探したけど、どこにもいない。今もまだ帰って来ない……」
その言葉に、頭に過った。
打ち付ける雨
横たわる動かない私の身体に近づいた足音
私を覗いたゴールドの瞳
透けた黒猫の身体
私を見つめる添島くんの瞳に、涙が溜まる。
「…………また、ユーレイだなんて言うなよ」
それは、聞き落としそうなくらい小さな声だった。
添島くんの小さな声に、私は深く頷く。
添島くんは、頷いた私にそっと手を伸ばした。
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