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「離せ、コラ」  男はスーツの裾を引っ張っている私を迷惑そうに見る。 「……てない…んで……」 「は!? 何だって!?」  ぽそぽそした話した私の言葉を男は尋ね返しながら、私が掴んでいるスーツの裾を引き離そうと抵抗する。 「何も覚えてないんです! 私なんでここに?」  私はさっきよりも大きな声で必死に男に訴えた。  すると、男はピタリと動きをとめ、心底めんどくさそうな表情を浮かべた。 「あのな、お前死にかかってんの」 「え? 死に?」  予想外の言葉が男から出て来て、私は驚く。 「まー、今は魂……仮幽霊ってとこ」 「か、仮幽霊?」 「記憶があれば、すぐ体に戻れるんだが、記憶がないんじゃ色々めんどくさいんだわ。運が悪かったと思って諦めろ」 「あ、諦めろって」  元の体に戻に戻ることを……? 「諦めて、ここで……死神が見つけてくれるのをただ待っていればいい」  やる気のなさそうな表情をして、おかしな事を言う男を私は困惑しながら見つめた。  仮幽霊? 私が?  この人何言ってるんだろう――  そう思ったとき、ズキリと強い痛みが頭に走り、フッと微かな記憶が頭に過る。  動かない体、冷たい雨、血だまりの水溜まり――――  一瞬過った自分の記憶に血の気がひいていく。  力が抜け、掴んでいた男の裾からカクンと自分の手が落ちた。 「私……猫を助けようとして階段から落ちて……」 「猫?」  男の声が耳をすり抜ける。何も頭に入らない。  私、本当に死ぬの?  青ざめて口元を押さえた私の肩を男が急に両手で掴んだ。 「それって黒猫か!?」  さっきまでのやる気のなさそうな表情ではない。真剣な顔つきを一瞬みせると、男は何かに気づくような顔をして、ため息を付くように、ハハハと笑いだした。
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