一、

1/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

一、

「落としましたよ」 「えっ?」  彼女は反射的に、差し出されたスマホを受け取った。  足早に立ち去るスーツ姿の男の背をチラッと見て、彼女は手元に視線を落とす。 「あ……」  同じ大きさではあったけれど、ソレは彼女のものではなかった。  慌てて今の男を目で探したが、都会の雑踏にまぎれてどこに行ったかわからない。  彼女は困った顔でソレを見る。  ひどく傷だらけの古ぼけたスマートフォン。 「壊れてるんじゃないの」  つぶやきながらも、彼女は無造作にバッグに放り込んで歩きだす。  待ち合わせの時刻が迫っていて、ソレを交番に届ける余裕がなかったのだ。  学生のころから交際している恋人に「大切な話がある」と呼び出されていた。彼とはお互い家族にも紹介しあっている仲だ。そろそろ……という話も少しはしていた。 「大切な話って、やっぱりプロポーズかな」  彼女は幸福感を隠しきれない様子で、足早に約束の場所へ向かった。  だが2時間後、彼女は救急病院の待合いで頭を抱えることになる。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!