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一、
「落としましたよ」
「えっ?」
彼女は反射的に、差し出されたスマホを受け取った。
足早に立ち去るスーツ姿の男の背をチラッと見て、彼女は手元に視線を落とす。
「あ……」
同じ大きさではあったけれど、ソレは彼女のものではなかった。
慌てて今の男を目で探したが、都会の雑踏にまぎれてどこに行ったかわからない。
彼女は困った顔でソレを見る。
ひどく傷だらけの古ぼけたスマートフォン。
「壊れてるんじゃないの」
つぶやきながらも、彼女は無造作にバッグに放り込んで歩きだす。
待ち合わせの時刻が迫っていて、ソレを交番に届ける余裕がなかったのだ。
学生のころから交際している恋人に「大切な話がある」と呼び出されていた。彼とはお互い家族にも紹介しあっている仲だ。そろそろ……という話も少しはしていた。
「大切な話って、やっぱりプロポーズかな」
彼女は幸福感を隠しきれない様子で、足早に約束の場所へ向かった。
だが2時間後、彼女は救急病院の待合いで頭を抱えることになる。
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