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【 5 】
わああーっ、という一際大きな歓声が外から聞こえてきた。
座敷牢に窓はなく、外の様子は窺えないが、聞こえてくるのは恐らくこの城の下からだろう。今朝から地面を踏みしめる大勢の足音と、武具の擦れ合う音、それに馬の嘶きまで聞こえていた。
もしやと思い、白縫は見張りの家臣に声をかけた。
「そこの者。少し尋ねたい」
格子から離れた位置で、小さな椅子に腰を掛けた家臣が白縫の声に、びくりと体を強ばらせた。緊張した面持ちで、こちらを向いた家臣は即座に腰の刀に手をやった。
「外が随分と騒がしいようだが、戦が始まるのか?」
家臣を怯えさせないように、白縫はできるだけ穏やかに尋ねた。
白縫のことを手練れの刺客だと思い込んでいるらしく、見据える家臣の表情にははっきりとした警戒心がある。馬鹿馬鹿しい。座敷牢から出ることもできず、蒼馬に翻弄されても抵抗できない弱い存在だというのに。だいいち白縫は足を怪我していて、歩くことさえままならない。愚かな家臣に腹の中で嗤った。
白縫に刃向かう意思がないと判断したのか、家臣は刀から手を離した。
「蓬莱山に敵が侵入し、その討伐に向かう」
聞き覚えのある名前に、白縫ははっとして格子ににじり寄った。
「蓬莱山!? そこで戦をするのか……?」
「麓の村を襲われていると報告があってな、お館様も出陣なさる。今回の戦は大がかりなものになるだろう。蓬莱山は遠いし、武器や食料もたんと運ばねばならん。順調にいっても五日はかかるだろうな」
蓬莱山には仙人が住んでいる。白縫が父の文を届けようとした場所だ。神聖な山で戦をするなんて、人間とはなんて畏れ知らずな生き物なのだろう。
家臣は大がかりな戦だと言った。その戦に蒼馬が向かう。
(あんな男、死ねばよい)
昨夜の行為で未だ体のあちこちに痛みが走る。自尊心を踏みにじられて、腹立たしいことこのうえない。この手で止めを刺したいところだけれど、もう二度と彼の顔を見たくない。白縫は憎々しげな目で畳みの床を睨みつけて、爪が掌に食い込むほど強く拳を握った。
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