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「小田切家には貞信がいる。家臣や属国に嫁いだ妹もいる。小田切家を支えてくれる強い男子なら、俺の子でなくてもよいと考えている。それよりも、俺は白縫のほうが大切なのだ。お前のいないこのふた月、そのことをしみじみと感じた」
いくら蒼馬の意思が硬くても、家臣や領民がどう思うか――。親愛を込めて「側室様」と呼ぶ彼らをも白縫は裏切っている。戦乱の世を生き残るには、領民の力も必要となるだろう。蒼馬を孤立させることはできない。
「心配しているのか? 安心せい、家臣も領民も皆、お前の帰りを待っている」
白縫の心の中などお見通しだと言わんばかりの口調だ。この男は白縫が何も言わなくても、理解してくれている。その大きな懐で、白縫を受け止めてくれる。蒼馬が好きだ。大好きだ。自分の居場所はここなのだ。蒼馬の胸の中なのだ。
止まっていた涙がまた溢れてきた。「枯れてしまうではないか」と優しい口調の男は柔らかい唇で、溢れかけた涙を拭った。
「蒼馬。お前と共に生きたい、この伊那山で。……私を、愛してくれるか?」
気恥ずかしくて控えめに告げた白縫は、やはり恥ずかしくなって赤らんだ顔を蒼馬の胸にぎゅっと埋めた。
「それを俺に問うのか?」
白縫の肩を引き剥がし、蒼馬が怒り気味に告げる。だめなのか? やはり許せない気持ちが残っていたのだろうか。不安を滲ませた瞳で見上げていると、いきなり口づけられる。
「お前に請われなくても、答えは決まっておる」
そう言って蒼馬は白縫の体を持ち上げて、その場でくるりと回った。
「ひやあああーーーっ!」
体をくるくると回されて、遠くへ飛ばされそうな感覚に、心臓が縮み上がりそうになる。みっともない悲鳴を上げて、腹立たしいやら恥ずかしいやら。そうしてひとしきり白縫を回してから、蒼馬は抱き上げたまま口づけた。
「白縫。今も、この先もずっとお前を愛している。俺から離れてはならぬぞ」
逃げたことを揶揄しての言葉だ。もう白縫に迷いはなかった。
「離れぬ。私はお前のものだ」
そう言って、白縫は蒼馬の唇を食むように何度も口づけた。
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