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途方に暮れたように、ぼんやりと湖を眺めていた白縫の肩を、蒼馬がぐいと強引に振り向かせた。
「何を考えている。まだ逃げようなどと考えているのか?」
問い詰める蒼馬の物言いに、白縫はかちんときた。何を考えようと勝手である。考えることは自由なはず。頭の中まで支配されたくない。乗せられた手を払いのけ、蒼馬から数歩後ずさった。
「蒼馬には関係ない」
睨みつけて言い放つと、すかさず距離を詰めた蒼馬に腕を捕られる。責め立てるような険しい彼の視線に白縫はますます腹が立って、その手を振り払おうともがく。
「なぜお前はいつもいつも俺に逆らう! なぜ言いなりにならぬ!」
逃げようとする白縫は腕を掴まれたまま、蒼馬にぐいぐい押される。その動きに合わせて白縫は後退する。行き場をなくした白縫の体は背後の木に押しつけられた。
「お前が大嫌いだと、何度も申した!」
あれだけのことをしておいて、自分は嫌われていないと思っているのだからおめでたい男だ。憎しみを込めた言葉をぶつけても、相手はまだ理解できていない。
「俺が望めば何でも手に入った。伊那山城を守りながら、居城としての天守閣も築いた。手に入らぬものなどない」
蒼馬は自信に満ちた顔で言った。彼は、自分が望めばすべてが手に入ると思っている。近隣諸国と戦を起こして領地を奪い、何もかも手に入れたらこの先どうするつもりなのだろう。
呆れたような目で見上げる白縫の顔の横に、蒼馬がばん、と手をついた。
「なのになぜ、お前は意のままにならぬ。側室にしたのに、なぜ逆らう」
「私は蒼馬の望む側室になった。それがお前の望みなら満足したはずだ。自由も貞操も奪われて、私はもう何も持っていない。これ以上望むな……っ」
わっと叫んだ言葉を封じるように、蒼馬が唇を塞いだ。怒りのまま噛みつくみたいに口づけられ、引き千切られるんじゃないかと思うほど舌を吸われる。
「ん、んーっ……、んっ」
唾液を絡ませた水音を立てて、口の中を蒼馬の舌に蹂躙される。濃厚で激しい口づけに、頭の中が白く濁っていく。
こんな男、嫌いなのに。触れられるだけで神経が逆なでされるくらいなのに、白縫は自分が興奮していくのがわかる。
(嫌だ!)
自分が自分でなくなりそうな感覚に怯えた白縫は、口づけをほどこうと思い切り噛みついた。
「つ……っ」
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