【 6 】

8/8
247人が本棚に入れています
本棚に追加
/122ページ
 痛みに顔を歪ませて、蒼馬が唇を離す。至近距離で見つめる彼の顔が怖いくらいだ。今度こそ殺される。覚悟した白縫は唇をきゅっと噛み、身を竦めた。  興奮を抑えるように、蒼馬は何度か息を吐く。 「お前というやつは……」  蒼馬が絞り出すように呟いたあと、さらうみたいに白縫を抱き寄せた。強い腕に抱き締められて、大きな逞しい体と密着する。少し汗ばんだ彼の体臭が鼻をかすめ、耳が熱くなる。どくどくどくと、こめかみの辺りで自分の心臓が脈打つのがわかる。早く蒼馬から離れないと――そう思うのに、体が言うことを聞かない。 「敵に囲まれ、命の危機を感じた時でさえ、俺は冷静だった。なのにお前が逆らうと、こんなにも頭に血が上り、冷静でいられなくなる」  蒼馬は悔しさを滲ませた声で言うと、抱擁する腕を更に強くした。  今まで何もかも思いのままに過ごしてきた蒼馬には、白縫の態度が腹立たしいのだろう。本来なら侵入者として白縫の首を刎ねていたところ、どういう気まぐれか、処刑を取り止めにした。それを今になって蒼馬は後悔しているのだ。今すぐにでも、腰の刀を抜いて、白縫を斬り殺したいに違いない。けれど家臣の前で処刑を取り止めた手前、そう簡単には斬れないのだろう。 「このままおとなしくしていてくれ。しばらくでいい、こうしてお前を抱き締めていたい」  耳元で囁くように言った蒼馬の手が、白縫の後頭部をぐっと押さえた。  嫌だと言って、蒼馬を突き飛ばせばいい。いっそ湖に突き落として逃げてしまえばいい。なのに体が動かない。全力でこの腕から逃げればいいのに、体が休止したように動いてくれない。それどころか強ばらせた体をそろそろと弛め、蒼馬の広い胸にもたれようとしている。初めて聞いた請うような蒼馬の声に、ほだされてしまったのかもしれない。 (いいや。そんな訳ない。私はこんな男に心を許したりしない)  白縫は慌てて胸の中で頭を振った。敬愛する父の言葉を覆すような感情が芽生え始めていることに、戸惑いを隠せなかった。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!