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「お前は蒋子様の使いの者か?」
「……そうです、……蒋子様から手助けをするよう、仰せつかりました――静かにっ。お館様がこちらを見ております」
どきっとして、白縫は体が固まった。背中に蒼馬の視線を感じて、駆け足のように鼓動が早まる。会話を聞かれてはいないか、悟られてはいないか。そう思うと気が気ではない。
商人は何気ない風を装い、更に声を潜めた。
「怪しまれてはいけませんので、手短に申します。半月後に城下で行われる豊穣の祭りがございます。この日は城主も側室様や侍女らも参加されます。城下中の民が集まって大変な賑わいなので、その隙を狙います。後は我々が準備を整えて、側室様をお連れいたします」
あまりに手際がよすぎないか? 城を出られると喜び勇んだけれど、本当にこの男は蒋子が差し向けた商人なのだろうか。本当について行っても大丈夫なのだろうか。白縫が逃げたと知れば、蒼馬はどんなに怒るだろう。白縫は一抹の不安を抱き、商人に尋ねた。
「お前は本当に蒋子様に頼まれたのか? 信じてもよいのか? 私を騙して蒼馬に差し出したりはしないだろうな?」
白縫が探るように問うと、それまで穏やかだった商人の目が鋭い光を宿した。
「お信じになるならないは側室様のご自由です。この瞬間にも、お館様に正体がバレましたら私の命はありません。危険を承知で参ったのは、側室様をお救いしたい一心からなのです」
商人の言葉はもっともである。気性の荒い蒼馬のことだ。商人の正体が露見すれば、蒼馬はこの場で商人を斬るだろう。短い生涯を送る人間が、命をかけて白縫を助け出そうとしている。そんな男が嘘を言うはずはない。
「すまぬ。お前を信じよう」
鼓動が更に早くなり、顔も熱い。これでやっと城から出られる。嬉しさと緊張で体が震えてしまう。待っていろと蒋子に告げられてから何の音沙汰もなかったので、白縫は正直心配していたところだ。白縫が伊那山を出ることを、蒋子は快く思っていなかった。もしかしたら、蒋子は約束を違えたのかと心配していたのだ。
商人を寄越してくるとは、蒋子も考えたものだ。商人の行列に紛れていれば、伊那山を出ることは容易い。商人ならば腕の立つ武将を従えているだろうし、山賊に襲われる心配もない。
「気に入った品でも見つけたのか?」
すぐ側で、蒼馬に声をかけられた白縫は心臓が止まりそうになった。
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