【 8 】

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「こ、これ、を……」  声が詰まってそれ以上喋れない。震える手で、持っていた敷物を差し出すと「ほう」と蒼馬は感心したように声を上げた。 「龍の刺繍か。(いわ)くありげな敷物だな」 「蒼馬は何でもと言ったはず。この敷物が気に入らないのなら、これ以上、私がこの場にいても仕方ない」  敷物を商人に返すと、白縫は怒った振りをして広間を出た。待たぬか、と蒼馬が追ってくる。聡い蒼馬のことだ、顔を見られたら、逃げる算段をしていたことが知られてしまう。緊張して、強ばって赤くなった顔を見られたら、何かあったとすぐにわかってしまう。 (ここはどこだ?)  初めて訪れた本丸は広くて迷路みたいな造りなので、どこを抜ければ天守閣へ通じるのかわからない。当てずっぽうに、廊下をあちこち巡っていくうちに、ひと気のない場所にやって来た。両開きの大きな木の扉を開くと、そこは天守閣へ通じる通路だった。  木戸を潜って駆け抜けようとしたら、追ってきた蒼馬に腕を掴まれる。 「待たぬか……久しぶりに走ったぞ。ひ弱なくせに、意外と足は速いんだな」  蒼馬は久しぶりと言いながら、息がまったく乱れていない。久しぶりどころか、こちらは走ったのなんて初めてだ。腹の立つ言葉に言い返したいところだが、息が上がって声が出ない。はあはあと、肩を上下させながら睨みつけるのが精一杯だった。  人間の体というものは本当に不便だ。怪我をしてもなかなか治らないし、治っても醜い痕が残る。すぐそこまでの距離でも歩くのに時間はかかるし、走れば走ったでこんなにも息苦しい。龍の姿なら、疲れ知らずでどこまでも飛べるし、頑丈に見えた牢なんて鋭い爪のある足で蹴破れば、建物ごと壊すことだってできる。早く龍の姿に戻りたい。 「初めてだな。白縫が何かを欲しいと、駄々を捏ねたのは」  蒼馬は白縫の腕を掴んだまま、思い出したように言った。ふっと笑いながらの彼の態度に、白縫はむっとする。 「駄々など捏ねてない!」  この男は人を不機嫌にすることしか口にしないのだろうか。腕を離そうとしないことにも腹が立つ。 「白縫」  一瞬、手を離した蒼馬が、すかさず背中から腕を回して抱き締めてきた。覗き込むようにした蒼馬の頬が、白縫の頬にぴったりと触れる。名前を呼ばれただけなのに、体が金縛りに遭ったみたいに動けなくなった。
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