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「いえいえ。あれは城壁の修理をしているのでございます。白縫様が伊那山にお越しになった時、雷が落ちまして、城壁の一部が崩壊したのです。危のうございますので、お庭に出られる時はお気をつけくださいませ」  上品な所作で告げた多岐が、急にそわそわし始めた。 「そろそろお館様がご視察かお戻りになられる頃です。わたくし、お迎えに参りますので失礼致します」  白縫を置いて、多岐はそそくさと部屋を出て行った。蒼馬はどこかへ出掛けていたのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。多岐は白縫にも出迎えに来て欲しそうな顔だったが、行ってやるつもりは微塵もない。勝手に行って、勝手に帰ってくればいい。蒼馬の外出など、白縫には関係のないことだ。  蒼馬から贈られた敷物の龍に、故郷を重ねて眺めていると、遠くからどかどかと騒がしい足音が近づいてくる。嫌な予感がして、無意識に眉間に皺が寄る。 「白縫、白縫!!」  がなり立てるように名前を呼びながら、襖が乱暴に開けられた。 「白縫はおらぬのか!」  やはり、とあからさまに顔を歪めて睨みつけた。蒼馬が白縫のすぐ隣に腰を下ろしたと同時に、多岐が茶器を載せた盆を持って戻ってきた。  蒼馬の膨らんだ懐が、がさごそと動いている。 「お前に土産だ。退屈していると聞いたぞ」  大きな掌に乗っているのは、小さな白い猫。ふわふわとした柔らかそうな毛に覆われたそれは、みーみーと可愛らしく鳴いている。 「これは、なんだ?」 「猫だ」 「見ればわかる。そんなことを聞いているのではない」 「今日は月に一度の(いち)の日でな、視察に参っておった。ちょうどそこで、猫の子をもらってくれと、民が皆に分けておったのを一匹もらってきたのだ。お前の髪の色と同じだろう? 瞳もお前と同じだぞ」  どうだ、と満足げに笑う蒼馬が猫を乗せた掌を、こちらに向ける。噛み合わない会話にむっとする。大きな掌の中で居心地悪そうにもそもそ動いていた小さな猫は、ゆっくりと白縫を見た。深い青の瞳が白縫をじっと見て、みーと鳴いた。途端、眉間に皺を寄せていた白縫の顔がふにゃんと情けなく蕩ける。 「か……可愛いっ……なんと可愛い……」  ふわふわの毛が気持ちよさそうで、人差し指をそおっと近づける。小さな舌が、ぺろっと指先を舐めた。
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