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「ふわっ……。な、舐めた! 舐めたぞ! こやつ、舐めたぞ! 蒼馬、見たか?」  ばしばしと蒼馬の肩を叩きながら、白縫は舐めた舐めたと声を弾ませる。真面目な顔で見つめる蒼馬の目とかち合って、白縫はばつが悪そうに俯いた。  いやだ、自分から馴れ馴れしく触れるなんて。しかもはしたなく騒ぎ立てるなんて。こんな白縫を、蒼馬は馬鹿にしているに違いない。しかも肩が触れるほどの距離感も、なんだか気まずい。もっと子猫を見ていたかったのに、顔を上げられない。 「白縫、手を広げろ」  白縫は蒼馬に言われるまま、両手をひっくり返した。その上に、子猫がそっと置かれる。 「これはお前の猫だ」 「え……」  思いも寄らない蒼馬の申し出に、反射的に顔を上げた白縫は言葉が詰まった。 「名前をつけてやれ」 「よいの、か……?」 「白縫の猫だ。お前の好きにすればいい」 「……ああ、嬉しいっ!」  白縫は子猫を潰さないように、ぎゅっと胸に抱き寄せた。大陸の王宮に住む側室達の中には猫を可愛がる者もいた。遠くから眺める龍の白縫は、それを羨ましいと思った。一度でいいから、あのふわふわの毛を撫でてみたいと思った。けれど、自分の大きくて鋭い爪のある指では、猫の柔らかい体を傷つけてしまう。  でも、今ならできる。人間の姿なら、何でもできる。白縫は嬉しくて、子猫の柔らかい体に頬ずりした。 「俺が見つけてもらって来たのだぞ。礼はないのか?」  蒼馬が拗ねたような目で睨みつけてくる。 「なぜお前に礼を言わねばならぬ。先日、不埒な真似をしたではないか。それで相子(あいこ)であろう?」 「礼を言わねば誰かにやってしまうぞ」  取り上げようと蒼馬が手を伸ばす。白縫は慌てて身を捩り、子猫を蒼馬から遠ざけた。 「何をする。私がもらってもよいと言ったではないか」 「取り上げられたくなかったら、礼を言え」  本当に連れて行きそうな勢いの蒼馬に、白縫は根負けした。 「……ありがとう」  聞き取れないほどの小さな声に、蒼馬が不機嫌そうに眉を寄せる。 「聞こえぬぞ。俺は言葉よりも態度がいい。……そうだ、口づけがよいな」  入り口で黙って座っていた多岐が、蒼馬の言葉にびっくりしたのかお茶を零してしまった。 「す、すみません。淹れ替えて参ります……」  多岐は珍しく慌てたように襖をぴしゃりと閉めて部屋を出て行った。
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