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「これで邪魔する者はおらぬ。さあ、」
顔をずいと近寄らせて、蒼馬は嬉しそうに唇を綻ばせる。
相手が蒼馬でも、礼を言うのは当然だと思う。今更子猫を取り上げられたくない。自分の手で、大切に可愛がりたい。
ごくりと生唾を飲む。多岐はいない。誰も見ていない。
子猫を膝に置いて、意を決した白縫は顔を傾げながら、蒼馬に近寄っていった。重なったと同時にぱっと離れる。
心臓がびっくりしたようにばくばく鳴っている。もう恥ずかしくて恥ずかしくて顔を合わせられない。白縫は蒼馬に背を向けて、鼓動が鳴り止むのを待った。
「なぜ背を向ける。怒っているのか? 猫を気に入っているようだし、お前が怒る理由がわからぬ。せっかく来てやったのに、顔を見せろ」
不機嫌そうに言った蒼馬が白縫の肩をぐいと引き寄せる。無防備に俯いていた白縫は体勢を崩し、後ろ向きのまま蒼馬の胸にぶつかった。抱き寄せられ、真上から覗き込んだ蒼馬が嬉しそうに目を細めた。
「顔が赤いぞ。……もしかして、今の口づけで照れているのか?」
「違う……怒っているのだ。無理矢理恥ずかしいことをさせられて、私は怒っている」
「嘘だな」
蒼馬は白縫の弱々しい反撃で隠した本音を見抜き、愉快そうに笑う。
「お前は自分では気づいていないようだが、感情が顔に出ている。俺に口づけして、嬉しいんだろう?」
まるで自分がふしだらだと言わんばかりの言いように、白縫は怒りで、かっと顔が熱くなった。
「俺はお前から口づけられて嬉しい。お前が躊躇いもなく、ごく自然に俺に触れたことが嬉しかった」
思ってもみなかった蒼馬の言葉に、白縫は違う意味で顔を赤くさせる。
「お前は違うのか? こうして俺に抱かれるのが嫌なら、抗えばいい」
堂々とそう宣言されても、今の白縫には蒼馬に逆らう気持ちはなかった。
子猫をもらったからではない。龍の刺繍が施された敷物を買ってもらったからでもない。
仕事の最中でも、白縫を思う気持ちが頭の隅にあるということが嬉しいのだ。いつか機会があれば、白縫を殺してしまおうと考えている蒼馬が、白縫のことをわずかでも愛しいと思う気持ちがあることが嬉しかった。
「蒼馬は私が抗うことを望んでいるのか?」
「じゃじゃ馬っぷりの白縫を見ているのは楽しいが、素直なお前も見てみたい」
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