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男は汗を拭いながら、突然の白縫達の来訪に慌てた様子だった。
「これはこれは貞信様、側室様。このような場所にわざわざお越し頂きありがとうございます」
小柄で神経質そうな男は自分がここの責任者だと告げる。
「ちょうど材木が到着したところでございます。貞信様、私が現場をご案内いたします。……足下が悪いので、お気をつけください」
厳かな口調で告げた責任者は白縫達を先導した。
伊那山城を囲む城壁は、巨大な石を積み上げて造られている。その一角に、木造の建築物が建てられていた。城内の入り口にある大手門の上にも、これと同じような建築物がある。敵の侵入を阻むため、そこに待機している兵士が銃や弓矢で攻撃するのだ。ところが白縫が見上げるそれは、建築物の半分が崩壊していた。
崩壊した部分はすでに取り除かれており、足場が組まれている。縄を何本も括りつけた太い材木を、大勢の人足達が掛け声を合図に引っ張り上げていた。
「ここは城壁の中でも敵に狙われやすい場所なので、先に壁を仕上げるつもりです」
貞信は城壁を見上げながら、物言いたげに眉を寄せた。
「それでは武器の保管が難しくなるんじゃないかな。いつ敵が襲ってくるかわからないって言うのに、兵を待機させる場所もないんじゃだめだろう?」
「恐れながら貞信様。臨時に、この辺りに小さな櫓を組み立てようと思っております。材木もすでに到着しておりまして……」
責任者はあちらにと言って、城壁のすぐ側に積まれた材木を指さした。太い丸太が高々と、いくつも積まれている。
「では、そのようにいたせ」
納得したように貞信が頷いた時、突然大きな音と共に積まれていた材木が崩れ落ちた。かなり太い丸太がこちらに向かってごろごろと転がってくる。危ない、と貞信が咄嗟に白縫を引っ張って、その場から引き離した。
その騒ぎに驚いた人足の何人かが、材木を城壁に上げようと引っ張っていた縄を離してしまう。
「うわあああああー……っ!!」
男達の叫び声が上がり、釣り上げられていた材木がばらばらと一気に落ちていった。物凄い音と悲鳴で、現場が騒然となる。
「白縫殿、ここは危ないので戻りましょう」
貞信はいつになく真剣な面持ちで、白縫を追い立てるように腕を引く。引っ張られながら、白縫は肩越しに振り返った。
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