【 10 】

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 落ちてきた材木の下敷きになった人足を、無事だった者が引きずり出している。腕や足を腫らした者、頭から血を流している者、意識を失いぐったりしている者。彼らを介抱する者、ぐったりと動かなくなった仲間を前に、嘆き悲しむ者、医師はどこだと叫ぶ者。  白縫の足がぴたりと止まった。 「何をしているのですか、白縫殿。ご側室が目にするものじゃない。兄上に叱られます」  さあ、行きましょうと貞信が引っ張る手を、白縫は無意識に払いのけると駆け出していた。    人間がどうなろうと、自分には関係のないことだ。狭い城に閉じ込める人間達を、白縫は嫌悪した。それは今でも変わらないはずなのに、いつの間にか白縫は腕を腫らした人足の側に(ひざまず)いていた。  変色した腕は大きく腫れ上がっている。恐らく骨折したのだろう。 「白縫殿、何をなさるおつもりですか! 医師でもないあなたに、できることは何もありません。早くここを出ましょう」  追いかけてきた貞信が白縫の腕を取る。離せと白縫は叫ぶ。こんな気持ちは初めてだった。自分の中で、もう一人の自分が何かを急かす。できる、できるから早くせよと。それが何かわからないまま、体は勝手に動いていた。  白縫は患部を覆うように、両方の掌でかざした。掌に熱が籠もり、同時にそこにできた小さな光の塊が徐々に徐々に大きくなっていく。眩い光はやがて人足の腕を覆うと、次の瞬間にはぱん、と弾けたように光の塊が消失した。 「……あ、れ? ……腕、治ってる……」  あれほど腫れ上がっていた人足の腕は元通りに治っていた。人足は目に涙を浮かべ、白縫の足下に這いつくばる。 「側室様! ありがとうございます! これでまた、仕事ができる」  人足はすぐさま立ち上がり、怪我人の元へ駆け寄っていった。 「白縫殿……今のは何なんですか……?」  目を丸くした貞信は幻でも見たように呆然としている。白縫は自分の掌をまじまじと眺めた。それはいつもと変わらない、人間の手だ。 「私にも、わからぬ……」  成長した龍は龍脈を操って、様々な術が使えるようになるが、白縫はまだ術が使えない。人間の体にようやく馴染んだばかりで、怪我を癒やす高度な術はそう簡単には使えないのだ。それなのに、なぜいきなり癒やしの術が使えるようになった?  (そんなことを考えている時ではない)
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