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 理屈なんてわからない。わからないけれど、今は手をこまねいている場合ではない。人間が嫌いだからと言って、苦しんでいる彼らを放ってはおけなかった。 「側室様、こっちもお願いします」  先ほど腕を治してやった人足が、泣き出しそうな声で呼ぶ。白縫は転がるように駆け寄って行った。  まだ少年のあどけなさが残る若い男だ。膝から下があらぬ方向を向き、激しい痛みで額に脂汗を滲ませ(うめ)いている。回りの男達に、足を正しい位置に戻すよう指示した白縫は先ほどと同じように、患部に手をかざす。負傷した青年の足が難なく動くと、おおー、と歓声が上がった。  それから白縫は手当たり次第、負傷した人足を治療した。軽傷の者は貞信が薬を塗ったり包帯を巻いたりと、自ら進んで治療を施した。 「側室様、こっちも見てくれませんか? 全然動かねえんだ……」  悲壮な声に呼ばれて行ってみれば、硬く目を閉じた若い男がぐったりと横たわっている。白縫はひと目見ただけで、なぜか彼がもう事切れていると悟った。 「私には治せぬ……手厚く葬ってやれ」  項垂れた白縫に、側にいた人足が縋りつくような目で訴えてくる。 「なんでだ? 他のやつは治療したのに、なんでこいつだけ治せねえんだ?」  白縫の肩を揺さぶって叫ぶ男は、すぐさま貞信と家臣らに取り押さえられる。無礼者、と押さえつける家臣に白縫は離してやれと力なく告げた。 「すまぬ……死んだ者を蘇らせることはできぬのだ」  この世を去った者を生き返らせることは、最大の禁忌である。いくら龍神であろうと、死んだ者を生き返らせることはできない。  立ち上がった白縫に、まだ地面に突っ伏したままの男が声を震わせた。 「こいつ、先月子供が産まれたばっかりで……やっと授かったって、あんなに喜んでたのによ」  かけてやる言葉もなく、貞信に支えられるようにして白縫はその場を後にした。道すがら、黙ったままの白縫に、気遣うように貞信が声をかけてくる。 「白縫殿が気に病むことではありません。あの者は事故で命を落としたのですから」  白縫は俯いたまま、天守閣入り口の門の前で足を止めた。 「私が我が儘を言ったせいで、お前の手を煩わせてしまった。あれは伊那山城にとって、大切な櫓であったのだろう? これでまた、工期が伸びてしまったな。すまぬ」  ぽつりと零した白縫の言葉に、「何を言われる!」と貞信が珍しく声を荒げた。
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