【 10 】

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「あの事故は白縫殿とは関係のないこと。あなたが望まれるのなら、どんな場所へもお供するつもりです。大切なのは櫓ではなく、あなたなのですよ」  思いやりのある言葉に、胸が締めつけられる思いだ。貞信は優しい。けれどそれは、白縫があそこへ行った本当の目的も知らないから、こんなことが言えるのだ。大切な人だなどと告げられて、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。 「少し疲れた。ここから先は一人で戻れる。貞信はついて来なくてもよい」  ですが、と言いかける貞信を遮り、白縫は逃げるようにして一人で門を潜った。  自分に治癒する術が使えることに驚いたが、何よりも、人間を救おうと体が勝手に動いたことに驚いた。  改めて自分の体を眺めてみれば、酷い有様だ。稲穂のような山吹色の着物が土埃で汚れており、所々に怪我人の血がついている。こうまでして、自分は人間のために動いたのだ。  ずき、と胸の奥が痛む。助けられなかった、あの若い人足のことを思うと、こんなにも胸が痛い。人間の死など二百五十年の間、何度も何度も見てきた。けれど、一度としてこんな気持ちになったことはなかった。  城から逃げたいがため、下見に立ち寄ったあの場所で、あんな事故が起こるとは思いもしなかった。龍の姿なら、落ちてきた材木など一吹きで蹴散らせただろう。それなのに、逃げる間もなく人足達はその下敷きになり、ある者は怪我を負い、ある者は命を落とした。  短い命を生きる人間は、土埃にまみれながらも必死に生きていた。それが尊く美しいと、白縫は初めて知った。  それなのに、そんな彼らを救えなかった。龍神の子だと、態度を大きくしていことが恥ずかしい。  みゃあ、と鳴く小さな声に、白縫の思考が途切れた。いつの間にか部屋に戻っていた白縫は、脇息(きょうそく)にもたれていた。珠里が近寄ってくる。落ち込む白縫を慰めようとしてくれるのか、白い小さな体を擦り寄せた。 「お前はよい子だ。よしよし、膝に乗せてやろう」  持ち上げてやると、可愛らしい声で鳴いた。白縫の膝の上で丸くなった珠里を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じた。柔らかな毛を撫でるのはとても気持ちがよくて好きだ。こうして白縫を気遣う素振りを見せる珠里が可愛くて堪らない。白縫は無意識に口元を綻ばせていることに気づいた。
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