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珠里は、白縫のためにと蒼馬が町で貰ってきた子猫だ。白縫が退屈だろうからと、あの蒼馬がくれたのだ。
「蒼馬……」
珠里を抱きかかえると、白縫はいても立ってもいられない気持ちになって、急かされるようにして部屋を飛び出した。
天守閣の最上階の部屋に来たのは始めてだった。何度か蒼馬に来ないかと誘われたけれど、蒼馬と二人きりになりたくなくて、ずっと断り続けていた。
最上階には一部屋しかなく、そこは目も眩むような黄金の壁に囲まれていた。天井も壁も一面、金箔が貼られており、そこには季節ごとの草花や蝶の絵が描かれていた。
部屋の中央には木の床に二枚の畳が置かれ、その上に毛皮が敷かれている。黄色と黒の縞模様は恐らく虎だ。勇ましい生き物のそれに座り、蒼馬はここで酒でも飲むのだろう。
蒼馬が見る景色を見てみたくなって、白縫は窓へ近寄っていった。
「ああ……なんて綺麗なのだ……」
天井から床まである開け放たれた窓から望む景色は、言葉に言い表せないほど壮大で美
しい。廻縁に出た白縫は高欄にもたれて、日が沈み始めた伊那湖を眺めた。足下では珠里が初めて見る景色に落ち着きなく、歩き回っている。
「珍しいな。白縫が一人でここへ来るとは。あれほど嫌がっていたのに」
執務からやっと戻った蒼馬が、優しげに微笑んだ。思わず駆け寄りそうになるのを、白縫は素知らぬ振りで留まった。
「蒼馬に会いに来たのではないぞ。景色が素晴らしいとお前が申していたから、来ただけだ」
にやにや笑う蒼馬に見透かされているようで、いたたまれない気持ちになる。だいたい、どうしていきなり蒼馬に会いたくなったのだろう。どうかしている。
ここのところ、自分は少しおかしい自覚はあった。目が合っただけでどきどきしたり、不安に苛まれると今みたいに顔を見たくなる。
きっと蒼馬はおかしなやつだと思っているだろう。これ以上、バカにされたくない。
「お前と話すことは何もない。私は戻る」
帰ろうと身を翻した瞬間、「待たぬか」と囁く蒼馬の胸に抱き留められた。
「は、離せ……」
体の中で鳴り響く鼓動の音がうるさい。背中を撫でる手が優しくて、分厚い胸を押し返す手が弱々しいものになる。この後どうすればいいのかわからずじっとしていると、こめかみに唇が触れた。
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