【 10 】

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「今日は大変だったな。貞信に聞いた。混乱した状況で、白縫はよくやった。皆、お前を褒めておったぞ」  気遣う蒼馬に、白縫は違うと首を横に振った。優しい言葉をかけられる資格はない。 逃げ出す下見にと軽い気持ちで訪れた場所で、人足が怪我を負い、死んだのだ。浅はかな自分の行動が許せない。 「私は独りよがりだった。助けられると思っていたのに、実際は助けられなかった。万能だと思っていた自分の力が、実はそうではなかった……。弱いと蔑んでいたお前達人間と、私は何も変わらない……同じだ」  なぜこんなことを、蒼馬に語っているのだろう。蒼馬に胸の内を訴えたところで、ざらざらとしたこの感情がなんなのか、彼には知る由もないのだから。 「白縫が苦しんでいるのは、怖かったからだ。自分の手の中で、人が死んでいくのが怖いと感じたから、その感情がお前を苦しめている。自分が殺したのではないかと……」  思い当たる節に白縫は「え」と顔を上げた。 「だが、お前は助けようとした。その結果、救われた者もいる。だが、たとえお前が万能であろうと、一人ではすべてを成し遂げることはできぬ。それは城主であろうと、俺一人では伊那山を守れぬのと同じことなのだ。だからこれ以上、自分を責めるな」  優しい顔で諭すように告げられて、荒ぶっていた胸の中がやっと静かに落ち着いた。  今まで感じたことのない感情に振り回されて、なんだか疲れた。ほっとしたように笑みが零れた白縫を見て、蒼馬も同じように微笑んだ。 「白縫、外を見てみろ」  蒼馬に促されるまま、城の外へ顔を向けた。何もかもが紅く染まる荘厳な景色に、白縫は溜息のような感嘆が漏れ出た。  蝋燭(ろうそく)の明りのように眩い光が、水平線の向こうにゆっくりと沈む。空も水面も燃えるように紅く、眺めているだけなのに顔が熱くなる。 (この景色、私が蓬莱山へ行く途中で見た景色と同じだ)  大陸から蓬莱山へ向かう途中、何度か日の本の夕日を見た。真上から見下ろす日の本は何もかもが美しく、もっと近くで眺めてみたい気持ちにさせた。そうだ。あの時、この伊那山城の上も飛んだ。小高い山に建てられた、伊那山城の黒い壁の美しさは今でもはっきりと覚えている。 「どうだ、白縫。伊那湖の夕日は素晴らしいだろう。ここに勝る景色など、この世には存在せぬ」
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