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 たいした自信だ。きっぱりと言い切った蒼馬に、いっそ清々しささえ覚える。癪に障るがたしかに伊那湖の夕日は美しい。故郷の夕日とはまた違う、壮大さと静けさを併せ持ったそれを、蒼馬が褒めちぎるのも頷ける。 「俺はこの美しい景色を守りたい。他国に奪われ、踏みにじられることがあってはならぬ」  おいで、と蒼馬は白縫の手を引いて、並ぶようにして高欄に寄り添った。 「伊那山が栄えているのは民が生活を営んでいるからだ。民なくして国は存在せぬ。戦になれば田畑は荒れ、多くの民を失う。領地と民を守るためには、他国が攻めてくるのを黙って見過ごすことはできぬ。お前はそれを矛盾していると思うだろう」  振り向いた蒼馬が鋭い目で問う。返答に困ってしまい、白縫は口を閉ざしたまま、湖に目を向けた。 「俺のことをさぞ非道な男だと、白縫は思っているのだろうな。だが、伊那山に戦を仕掛けてくるなら、俺は非道と(そし)られようと構わぬ、徹底的に叩き潰す。城主たる者、非道でなければ国を守れぬのだ」 「そうして他国の領土も奪うのか?」  窺うように問う白縫に、一瞬驚いた顔を見せた蒼馬は険しい目元をゆっくりと和らげていった。 「俺は他国に興味はない。俺が好きなのは、この伊那山だけだ。この景色と、伊那山の民が好きなのだ」  穏やかな蒼馬の声に、白縫はほっとした。それまで抱いていた人間像とは違い、民や国を慈しむ心が蒼馬にあった。欲望のため、他国の領民を殺戮し、領土を奪う非道な男でないと知って、白縫は嬉しかった。 「白縫」  腰を引き寄せられ、蒼馬の腕の中に閉じ込められる。黒い瞳が夕日に染まっている。まるで炎を宿しているような力強さに、鼓動が大きく跳ね上がった。 「俺と共に、伊那山を守って欲しい」  蒼馬に必要とされている。共に、と請われて胸がどきどきする。蒼馬と視線が絡み合って、白縫は慌てて顔を伏せた。逃げるようなわざとらしい所作に、何をしているんだと内心で自分を詰った。 「俺には白縫が必要なのだ」  物凄い速さで刻む鼓動に、息苦しささえ感じる。動けずに身を固くしていると、大きな手に顎をすくわれ、唇を塞がれた。擦りつけるような口づけに、思考はすぐに蕩けていく。 「白縫……誰にも見られぬよう、どこへも行けぬよう、このままここへ閉じ込めてしまいたい」
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