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 ごうごうと唸り声を上げる強風と、時折闇夜を切り裂く稲光。白い体にばちばちと叩きつける雨粒はまるで凶器のようだ。礫のようなそれに身を固くしつつ、後少しで陸地だからと白縫(しらぬい)は折れそうになる自らを鼓舞した。  白縫は、大陸の険しい山奥にある龍宮に住む白龍だ。数ヶ月に一度、蓬莱山に住む仙人に、龍神である父から預かった文を届けている。蓬莱山は広い広い海を越えた、日の本と呼ばれる小さな島国の中にあった。  日の本には大小様々な国が点在し、それら互いの領地を奪い合う戦が何年も続いていた。そんなところに父の友人である仙人は住んでいる。かつては高僧であった彼がこんな野蛮な国を住まいに選ぶなんてと、白縫は不思議に思った。  そんな白縫が二百五十歳になった時、過保護な父が悲痛な面持ちで言った。 「成人を迎えたとはいえ、お前はまだまだ未熟だ。だが、未熟だと言って、いつまでも龍宮に閉じ込めておくわけにもゆかぬ。儂の文を蓬莱山に届ける役目を任ずることにいたす」  あれから十数年、何事もなく無事にお役目を果たしてきたのだけれど、この日ばかりは様子が違っていた。占いではこの日の天候は晴れのはず。それが海を渡り始めてしばらくしてから、急に空が荒れ始めた。   大切な父の文だ。無事に蓬莱山に届けなければいけない。龍宮に引き返し、日を改めて出直すという案もある。けれど父の信頼を失うのは嫌だ。どうにかして目的地に辿り着けないものか。暗闇に向けて白銀の瞳を凝らすけれど、行く手に見えるのは閃光に浮かび上がる無数の雨粒。 (この嵐、いつになったら収まるのだろう)  もうこれ以上飛べない。疲れ切った体は痛みしか感じない。  瞼が閉じようとしたその時、まるで昼間のように空が明るくなった。それに続いてすぐ近くで、どん、と耳をつんざくような轟音。何かで思い切り体を殴られたような激痛が走り、次の瞬間には目の前が真っ暗になった。
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