【 18 】

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【 18 】

「まだ、父上は怒っていらっしゃるのですか?」  火鉢に手をかざしながら、白縫は突然やって来た訪問者に尋ねた。 「『蓬莱山で暮らすことは許可したが、正室として人間と暮らす許可はしてないぞー』、だとさ。龍神、滅茶苦茶怒ってたぞ」  他人事のように言った蒋子は、白縫と向かい合って同じように火鉢に手をかざす。「今日は特別寒いなあー」などと実に呑気である。 「蒋子様。ちゃんと父上に言付けしてくださったのですか?」 「(ふみ)だろ? あー、渡した渡した。て言うか、なんで俺が白縫と龍神の橋渡ししなきゃならねえんだ?」  寒い寒いと手を擦り合わせる蒋子を、白縫はじろりと睨みつける。 「渡しただけでは困ります。蒋子様の口添えも必要なのです。蒋子様のお言葉なら、父上のお考えも変わりましょう」  出城での戦の後始末もようやく終わり、伊那山は平穏な日常を取り戻していた。小田切の本家がある地方はすでに雪深く、国を出るのが難儀らしい。なので蒼馬との婚儀は春になってから執り行うことが決まった。  蒼馬との婚儀を父に認めてもらいたい。白縫はその思いを文にしたためたのだ。可愛い息子の幸せを祝福してくれると思ったのに、父の人間嫌いはなかなか根が深いらしい。 「ま、近々白縫の顔見に来るんじゃねえか?」 「え? 父上が?」  久しぶりに会えると思うと、独りでに心が弾んでいく。  突然、すっと立ち上がる蒋子に、「もう、お帰りですか?」と白縫は残念そうに眉を下げる。 「小田切蒼馬と仲良くするんだぞ。じゃあな」  慌てたようにそう告げた蒋子の背後で、すっと襖が開く。次の瞬間には、もう蒋子の姿はなかった。蒋子は人の気配を感じたのだろう。姿を見せたのは、蒼馬だった。 「蒼馬……もう政務は終わったのか?」  蒼馬の足元を縫うように、珠里(しゅり)がするりと部屋に入ってきた。白縫が留守をしている間に、すっかり立派な姿になっていた。主をちゃんと覚えていた珠里は、白縫の姿を見るとすぐに嬉しげに駆け寄ってきた。大きくなった珠里は時々部屋を抜け出して、城の中を探索している。愛想のいい彼は、あちこちの女中や家臣らに可愛がられているようだった。  白縫の背後に回った蒼馬は、おんぶするみたいに背中から抱きしめてくる。首元に顔を埋めながら、蒼馬は尖った声を出した。 「またあの男が参ったのだな? 俺の留守ばかり狙いおって……」
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