【 10 】

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【 10 】

 あれから数日が経過したが、蒋子からも商人からも、何の連絡もない。白縫が城から脱出する手助けをするつもりがあるのだろうか。脱出できるとわかり、いても立ってもいられない気持ちで毎日を過ごしている。気持ちは逸るけれど、迂闊に行動に出てしまえば計画が明るみになってしまう。  何でもいい。一人でも脱出できる経路を見つけておきたい。幸い、経路になりそうな場所を、以前、多岐が語っていたことを思い出した。  白縫が伊那山城に落下した夜、激しい稲光が城壁に落ちたらしい。その衝撃で、城壁の一部が崩落し、城内では急いでその復旧作業が進められていた。今なら何か、抜け道のようなものがあるかもしれない。白縫は作業現場へ向かうことにした。 「側室様だ」 「おお、本当だ。側室様だ」 「こんなところに、どうして側室様が?」  砂埃で汚れた顔の人足(にんそく)達が、白縫に気づいてざわめいた。裾の短い着物を着た者や、(ふんどし)姿の者までいる。男の白縫にはどうってこともない光景だが、女の多岐には刺激が強すぎるのか、彼女は見学そのものをやめるべきだと進言した。けれど、何が脱出経路に繋がるかわからない。こんな絶好の機会を見逃すのは勿体ないことだ。  ともあれ、いくら白縫でも、現場は危険だということで立ち入ることはできない。けれど今日だけは特別に入ってもよいと、蒼馬から許可をもらっていた。こんな機会は二度とない。どうしても、崩落状況がどんな様子か見ておきたかった。  白縫一人で現場へ行かせる訳にはいかないということで、警護役を貞信(さだのぶ)が引き受けてくれることになった。あわよくば、このまま逃げてやろうと思っていたのに――。終始不満顔の白縫は道すがら、ねちねちと文句を言い続けていた。 「貞信がついて来なくても、私一人でよいのに」  白縫の横を歩く貞信が「遠慮されなくてもいいんですよ」と見当違いのことを言う。 「ちょうど作業状況を確認したかったので、どうかお気になさらず」  外見は蒼馬とあまり似ていないが、どうやら中身は同じらしい。自分こそが正しく、人の気持ちを()まないという点が。 「責任者はおらぬか?」  貞信が辺りをきょろきょろしながら、作業現場の責任者を探す。側室様が来られたと、人足達が騒ぎだし、それを聞きつけたのだろう、遠くのほうから、それらしい武将が息を切らせてやって来た。
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