【 14 】

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【 14 】

 朝早くから賑やかな音が天守閣にまで聞こえていた。  遠くから見えていたのは祭りに使われる、三角万燈(さんかくばんとう)の船だ。船と言っても、湖に浮かべるものではなく、神輿のようなものだ。三十尺を越える太い支柱にたくさんの提灯を三角形に吊し、それを船の帆に見立てて大きなそりに突き立てる。  城に続く坂道を出発した三角万燈の船は領民達に曳き回されて、城下町を抜け、伊那湖の湖畔を通り、神社へ奉納される。伊那湖の豊漁と、湖上を行き交う船の安全を祈願して、先々代の城主が始めたのが発端と言われる。  城下町には日の本各地から旅芸人や行商人などもやって来るし、相撲興行も領民らを楽しませる。町角では鼓や笛が打ち鳴らされ、領民の踊る姿が城下のあちらこちらで見られるらしい。  日が落ちると今度は花火だ。三角万燈の船が神社に到着すると、竹を組み合わせて作った三尺の手筒を、男衆が手に持ち打ち上げるのだ。激しい火柱と爆発音が、見る者を圧倒させるのだという。  今日は一日、城下は大変な賑わいを見せ、重鎮の家臣や女達も見に行くらしい。その中には蒼馬と白縫も含まれる。  だが、白縫の白い髪は目立つうえ、領民に気づかれれば大変な騒ぎになる。祭りの中、大がかりな警護をつける訳にもいかず、町娘に姿を変えようということになった。 「申し訳ございません、白縫様。このようなお姿で城下へお越し頂かねばならぬとは、お詫びのしようもございません」  多岐は何度も深々と頭を下げて詫びた。質素な着物を着せられた白縫は長い髪を高く結い上げて、頭を手拭いで覆っている。その上から笠を被れば、ぱっと見ただけでは白縫とは気づかない。覗き込まれると、白い肌に青い瞳ですぐに白縫だとわかってしまうが、俯いてさえいれば大丈夫だろう。 「多岐が詫びることなどない。祭りに行くのに、格好など何でもよいではないか。この姿、私は気に入っているぞ」  膝をつく多岐の前で、白縫はくるりと回ってみせた。多岐が苦笑いを零している。  もともと白縫は着物や装飾品に、全く興味がない。ようは裸でなければ何でもいいのだ。それに今日は、白縫とわかる姿は都合が悪かった。祭りの賑わいに乗じて逃げるのに、ひと目で白縫とわかる姿ではすぐに見つかってしまう。
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