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陽も射さない狭い部屋がふたりの愛の巣だった。
それでも身分相応だとチャコは思っている。
ヤマトが同胞ワモンの家を出たことは自分への愛の証だと信じる。
正直、彼に最も近かった存在に嫉妬していた。
永遠の鬼ごっこへの終止符に興奮を抑えきれないチャコだった。
帰りを待ちながら、小さなものたちに寄り添う。
可愛い子たち。そろそろ動き出す頃かしら?
一ちゃんは身体が大きいわね。
あらあら、二葉ちゃんたら転がってお部屋からはみ出して…
今朝から何も食べてないのに、ちっとも辛くはないわ。
貧しいながらも楽しい我が家ってこういうことかしら?
今の私 し・あ・わ・せ……
バーン!
薄い扉が激しい音を立てた。
「チャコ、逃げるぞ!」
「どうしたの?」
「手入れだ!」
「何ですって?」
それは日陰者であるヤマトが一番恐れていたことだった。
「この子たちを安全な所へ」
「この子?どの子だ?捨て置け!」
「酷いわ。どの子も…ああ、せめて一番小さな百代だけでも……」
「バカ言え、今すぐ脱出だ。息を止めろ!」
「嫌ぁ~~~!」
泣き叫ぶチャコを抱きかかえ、ヤマトはもうもうと立ち込める煙を掻い潜って窓から飛び出した。
「一、二葉~!」
粗末な寝屋は煙に飲まれ何も見えなくなった。
「泣くな、チャコ」
なんとか山奥に逃げ延びたふたりだが、いくら慰めてもチャコの涙は枯れそうもない。
「ああ、百代がこんな姿に……」
黒い塊を抱き締め打ち震える。
「それは奴らが仕掛けたダミーだ」
「違うわ、私の可愛い子よ」
「目を覚ませ。俺達は今日、出会ったばかりだ」
ヤマトはチャコの妄想の扉をゆっくり押し開ける。
「頼む、俺を……俺だけを見てくれ」
プライドを捨てた男の姿にチャコの中の何かが目を覚ます。
「そうよ……出会ったばかり。子なんていない……」
「そうだ。子はこれから作るんだ。10人でも100人でも……
チャコ、愛してる」
「ヤマト、私も」
天蓋から洩れる月の光が、ふたりのシルエットを浮き彫りにする。
「今宵一晩をおまえと……チャコはヤマト・Gの妻に……」
「そのセリフどこかで……」
「奴らが見てた古い雑誌に……いや、気にするな」
「いいえ!」
チャコの虚ろな眼がパッと見開かれる。
「これで分かったわ。今のままじゃ幸せになれない。
あなたと真の幸福を得るためなら私、待つわ。いつまでも待つわ。
一夜限りじゃなく100年続く愛を育てたいの。
お願い、焦らないで。生まれ変わってまた出会いましょう」
「何を言う?今、別れても再会できる可能性なんか無いんだぞ」
「あるわ。私たちには応援してくれる読者の皆さんがいるのよ」
「……き、気付かなかった。
そうか……神様の願いはひとり一回。
ある筈のない再会は読者の皆のお蔭だったのか……」
ヤマトは唸った。
「そうよ」
チャコの目にみるみる生気が漲り、強いオーラが輝く。
魅惑的な鳶色の瞳はあなたを捉えて放さない。
「皆さん、どうか神様に祈ってください。
ふたりが理想の再会を果たせるように……。
あら……私ったら……
こんな所から失礼しました。
今夜、あなたのキッチンへお願いに上がりますから、
スプレー缶や煙の出る缶なんて決してご用意頂きませんように……」
了
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