オレはアンタになりたくて、

3/4
前へ
/20ページ
次へ
 生憎と。こうした表現を用いれば誰かから反感を買うだろうが、綺月(きづき)は俗に言う天才肌である。其の為、努力せずとも実る事が常。其れ故、何かに一生懸命励む誰かの気持ちを推測こそ出来る物の、其れはさながら登場人物の心情を述べよ、という問題に解答している様なもの。心底からの理解、共感とは到底言い難い。  クラスで話題になるドラマやタレントについて何も思わないのは、言ってしまえば好みの違いでもあるのだが、そうした経歴を辿っている所為か、はたまた綺月自身の人間性が要因なのか。  加えて止めとばかりに綺月は愛想笑いを知らない。たかだか同輩との付き合いで締まりの無い表情を貼り付ける事に、別段意味を感じていなかった。  そうした要素が集い、綺月は常に1人で居る。隙あらば関わりを持とうと言い寄ってくる男女を、男女問わず追い返す。そもそも基本として隙を窺わせない。  繰り返しになるが、別段、1人で居る己に酔いしれているワケではない。毛頭無い。綺月とて其処に自身を惹き付ける何かがあれば夢中になり、関わりを持とうと奮闘し、必要とあれば同輩相手であれ愛想笑いを振り撒いてもみせるだろう。  しかし今の綺月には其れが一切無かった。あるのは中身の無い、簡単に手に入った有象無象と、自分の周りを騒がしく飛び回る有象無象のみ。  人はまるで全てを持つ様に見える綺月を、羨ましいと語るだろう。或いはこうなりたいと目標にし、綺月の様であったらと夢想するだろう。  しかし綺月にとって自身は、羨望を向けられる程の価値も、目標にするだけの物でもないと思っている。夢想する分には勝手であるが。  何でも容易に出来てしまうというのは、傍から見ている程楽しいものではない。彼等が顔を輝かせては歓喜に声をあげる、達成感。其れを綺月は言葉としてのみしか認識出来ぬのだから。  とは言え、別段達成感にはしゃぐ彼等を羨ましいと感じた事はただの1度も無いのだが。  IQ20の差異は会話の成立を困難にする、という話があるらしい。  恐らく其れに近いのだろう。綺月と周囲の性能差、綺月と周囲の感性はあまりにも大きな差異を抱えて、とてもではないが何方かの歩み寄りによって解決する問題ではない。双方歩み寄ったところで、両者の間に存在する差異、或いは聳える壁を縮め、崩壊させるだけの手段とはならぬだろう。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加