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 果たして其処に居たのは、態々認識し、特筆する必要も無い様な有象無象。1人の男子生徒。  穏やかな微笑みを浮かべ、胸元あたりで小さく手を振り返している様は、成る程、クラスメイトや通行人として目にする同世代の平均に比べれば淑やかで落ち着いているとは言えるだろう。しかし其れだけである。何が面白いのか毛頭理解出来ぬ話題で笑顔を見せ、似通った話を毎日毎日飽きもせず繰り返す。  綺月(きづき)には理解に及ばぬ、喉元に痞えた“小骨”。  綺月は逸れた視線を戻し、普段と変わらず、ただ黙々と帰路に着こうと大声に因り止められていた足を1歩分動かして。  少しだけオカルト染みた話になるが、オーラという物がある。人が、或いは動物さえも持つと言われている“気”の様な物。  個々によって様々な色合いを見せ、専門家ともなれば其処から本人の本質、状況、夢、あまつさえ未来迄も覗えると言う。  否、そうした専門染みた話でなくとも良い。例えば、唐突に出たくしゃみや、顎に生じたにきび等々、広くに語られるが信憑性については皆無の其れでも良い。  また、第6感的能力を持たずとも、殺気を感じた、という話もあるだろう。  つまりは、上記の様な感覚に近いのだろう。何時も通り自宅へ向かって歩みを再開させようとした綺月の足は1歩踏み出したきり、ぴたりと止まってしまう。  理由は綺月自身も分からぬまま。ただ此の時抱いた感覚を語るのであれば、後ろ髪を引かれた、というのが近いだろうか。或いは磁石に引き寄せられる金属か。  言葉で説明の出来ぬ、科学的根拠で解明出来ぬ何らかの引力が働いたが如く、1度興味の寄せる必要も無いと判断した筈の有象無象。もとい、1人の男子生徒の方へ再び目線は動いていた。  其処に居たのは先程迄の有象無象ではない。  其処には鏡が置かれていた。  そう錯覚する程に、先程迄確かに穏やかな微笑みを浮べていた筈の男子生徒は、其の顔から一切の表情を削ぎ落とし、ただただ無関心に何処かを見据えている。正に綺月が常日頃からしている様に。  綺月は文字通り我が目を疑った。表裏のない人間が存在すると夢想しているワケではない。人間多かれ少なかれ二面性を持っているもので、つい先程迄笑いあっていた人間が、顔を顰め暴言を吐き捨てる事など茶飯事と言うには大袈裟であっても、珍事でも何でも無い。
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