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しかし男子生徒の其れは、そういった事の比ではない。
今正に彼が見せている顔は綺月が最も見慣れている物。他ならぬ、綺月自身と全くもって同じ顔なのである。
周囲の声を煩わしいと疎み、騒がしいと辟易とする。しかしそうした不満以前に浮上する、純然たる疑問。何が面白いのか、何が楽しいのか。感覚としてまるで理解出来ない、知識として思考してみせても正答には及ばぬ、暴けぬ問い。
相容れようとも毛頭思わぬながら、決して周囲とは相容れる事の出来ない人間。20開けば会話が困難とされる知能指数の如く、両者間に聳える、崩せない大きな障壁。
そうした物を抱き、そうした足場に立っているからこそ見せられる顔。そうした者でなければ見せる必要も無い顔を、先程迄確かに綺月が有象無象と判断下すに十分な、不特定多数と何ら変化の無い話題に花を咲かせていた男子生徒が、何故。
胸中及び脳内で渦巻く混乱。此の十数年、少なくとも物心付いた時分より1度たりとも目にした事のなかった、綺月と同じ顔を見せる他者との出会い。
漸く推定同族と出会えた事に興奮を覚えたか、或いは逃してなるものかと強い衝動にでも駆られたか。理性が理知的に己が心情を理解するより早く、言葉は綺月の口を突いて出ていた。
「ね、ねぇ!アンタ!!」
直近では先の男子高生。数時間前、数日前と過去に辿っていけばクラスメイトを主とした同輩達。
彼等の事を、声の音量調節機能が破壊されているのかと馬鹿に出来ぬ程の大声で。
勿論、誰も居ない裏通りというワケではない。そこそこに人通りはあり、何人もが突然の大声に足を止めては周囲を見回し、声の主が綺月である事に気付くと途端、そわそわと色めき立つ。
私に声を掛けたのかな、きっと私よと好き勝手に言いながら女は、手櫛や慌てて鞄から取り出した鏡や櫛で身なりを整えようとし、男も男で何らかの目論見があるのかそわそわと落ち着かない気配を見せている。
芸能人かと見紛う容姿。異性需要は勿論、同性であっても思わず見惚れたり、或いはナンパの成功率の出汁にと考えるなり、スカウトかはたまたテレビの企画かと期待を生むのだろう。
そうして俄かに騒がしくなった街中で、件の男子高生は既に表情を取り戻していた。急にあげられた声への困惑、発信源を探して目線を彷徨わせ、見付けた綺月の容姿に多少の驚愕を浮かべ、微かに感嘆の声を漏らした。
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