1人が本棚に入れています
本棚に追加
「アンタだよ」
其の反応の真意を掴みあぐねる。
今の表情だけを見れば周囲で騒ぎ出す通行人達と何1つ変わらない、有象無象としか映らない。しかし先程見えた無表情と言うのも生易しい、徹底的に完全に表情を削ぎ落とした無感情の顔は、余程の実力派俳優女優であればまだしも、一介の男子高生に早々演技で見せられる顔ではない。
そもそも余程綺月に興味関心を持った者が綺月の気を惹こうとして行うのであれば兎も角、そうでもない限り唐突にそんな演技を見せる必要性は無いだろう。加えて執拗に告白を仕掛けてくる女生徒や、交友を図ろうとする男子生徒であれば未だしも、ただの通行人であり他校生の男子生徒が綺月に取り入る為、咄嗟にそんな演技をするとも毛頭思えない。
整った顔立ちをしているからと言って、其処迄簡単に不特定多数からホイホイ好かれるワケではないのだ。謙遜でもなく綺月は其の辺りも十分理解している。
其れ故に、此の生徒に興味が惹かれた。まるで鏡かと見紛う程の無表情が恐らくは彼の本性だろうに、綺月には成しえぬ事、理解さえ出来ぬ事を平然と行ってみせた此の男子生徒に。
少年の前まで歩み寄って再度声を掛ければ、足を止めていた他の通行人達は明らかに落胆した溜息を漏らし、中には未練がましくという様に其の場に留まって様子を窺う者もいたが、それぞれ自分達の時間に戻っていく。
其の中で硬直してしまった様に動かないのは綺月に話し掛けられた男子生徒と、彼の応えを待つ綺月本人のみ。見詰め合って流れる時間が、酷く緊迫した物に感じられた。張り詰めた空気がさながらワイヤーの如く自らの制服を、肌を、切り刻みそうである。
もしかしたら、と男子生徒の反応を待つ傍ら、綺月は推測を働かせる。今迄意味が分からない、微塵も理解出来ないと思っていたが、綺月に告白をした女生徒が此方の返答を待つ間、小さく身を震わせて俯いていたのはこうした心情だったのではないか、と。
其の辺り迄推測した頃、驚愕によって目を見開いていた男子生徒は、えっと、と躊躇いがちに言葉を紡いだ後、困惑に眉を垂れ下げた少し頼り無く弱々しげにも見える表情で、綺月に問うた。
まるで悪戯を仕出かした子供、否、身に覚えのない悪戯について怒られる気配を察した子供の様に。
「オレ、キミに何かした、かな……?」
最初のコメントを投稿しよう!