巌流島の殺人

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巌流島。  本州の最西端、山口県下関市の関門海峡に浮かぶ小さな島。正式名称を船島という。 かの有名な宮本武蔵と佐々木小次郎が対決した場所であり、数多くの映画やドラマの撮影が行われたことから、今では沢山の観光客が足を運ぶ観光スポットである。 島には撮影スポットの武蔵と小次郎の像がある他、人工海浜があり、武蔵が巌流島へ渡ったとされる小舟が再現されている。面積にして0.103キロ平方メートルと小さく、島を一周するのに大して時間はかからないだろう。 島からは、山口県下関市と福岡県北九州市門司区を結ぶ長大な吊り橋、関門橋を望むことができるため眺めは最高だ。ボーという汽笛を鳴らし、大型船が島の横を通り過ぎるのを目にすることもできる。鼻いっぱいに空気を吸い込むと潮の香りが広がる島。 そんな小さな無人島ーー。 「殺人事件?」 下関駅から唐戸町方面へ歩いて十分ほどのところにあるさびれた歓楽街、豊前田町のとある小料理屋のカウンターで僕は大きな声をあげた。 「そう、ちょっと前の話だけどな。山田、知っちょる?」 そう言うと、友人の佐藤功一は芋焼酎のロックを口に運んだ。久しぶりに聞く山口弁が懐かしい。 僕はフグの刺身、てっさを頬張りながらコリコリとした食感を楽しむと、それを飲み込み、日本酒の入ったお猪口をすする。この夏、数年ぶりに東京から帰省した僕は、故郷の味を堪能していた。 下関は魚が美味い。  漁業が盛んで、全国的に有名なのはフグ。下関では濁らずにフクというのが通説だが、僕は生まれてこのかたフクと言ってる人に出会ったことがない。そしてあまり知られていないが、アンコウの水揚げが日本一とされている。昔はクジラも有名だったらしいが、捕鯨が禁止されてからは調査用の鯨肉が並ぶくらいだ。 漁業で栄えた街で、漁港から近いこともあり、下関駅周辺には飲食店がちらほらとある。 その中の一つに、今、僕らがいる豊前田商店街があげられる。 ここらは歓楽街として知られ、ひと昔前は繁華街としても大いに繁盛したらしいが、今では見る影もない。商店のほとんどはシャッターが閉められており、日が沈むころ、夜の街へと変わる。 そんな街の周辺で殺人事件が起こったという。 「しらん。それはいつ頃の話なん?」 地元愛の強い僕は、山口県や北九州の話題があると欠かさずチェックをするほうだ。その僕が知らないところをみると、全国区のニュースでは出ていなかった気がする。それとも見逃したのだろうか。 「死体が見つかったのが、花火大会の翌日だったから、ちょうど明明後日で一年かな」 関門海峡花火大会は八月のお盆の時期に行われる花火大会で、海峡を挟んだ下関市と門司区の共同開催となる。 「死体はどこで見つかったん?」 「巌流島」 「巌流島?」 花火は下関市と門司の二箇所から打ち上げられ、その中間に位置する巌流島からは、両側の花火が見られると人気があるようだ。中には昼間から上陸して、テントを張ったり、バーベキューをして待ち時間を楽しむ人もいるらしい。 「そう、いわゆる絶海の孤島での殺人だな。ミステリーやろ?」 佐藤は僕と同じでミステリー好きだ。かつてはミステリー小説を貸し借りしたり、お互い自分で考えた推理クイズを出したりしていた仲だった。 僕は日本酒をクイと飲み干す。 「ちょ、絶海でも何でもないやん。彦島からなら泳いでも行けるやろし」 巌流島は下関市と門司区を挟む関門海峡の中腹に位置し、彦島からなら四百メートル程度しか離れてはいない。  断わっておくが、彦島とは名ばかりで離れ小島などではなく、関彦橋と呼ばれる小さな橋が架かっており、車や徒歩で渡れるようになっている。他にも彦島に渡るルートはいくつかあり、かつては有料道路だった彦島大橋や、パナマ運河式の水門橋から行くことができる。ゆえにそこに住んでいる人たちにとっては、島に住んでいるという感覚はなさそうだ。 「それに花火大会の翌日なら、容疑者は島にいた観客全員やろ。クローズド・サークルにもほどがあるわ」 やれやれといった感じで、僕が呆れながらツッコむと、 「まあな。でもこれがなかなかミステリーしちょるんよ」 ミステリーマニアの佐藤はニヤリと笑った。 「何がミステリーなん?」 「それがな」  
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