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おじさんは、いつになく真剣にいった。僕も真剣にうなずいた。
そこから三所攻めの特訓が始まった。
立会いから、三所攻めの姿勢に入るまでの流れを何度も何度も練習した。
「まあまあ、形になってきたな」
おじさんがそういった頃には、もう日が暮れかかっていた。
「これで、コーちゃんに勝てるかな?」
疲れ果てて、草むらにあおむけになったまま僕はいった。
「勝負いうのは、時の運や。勝ち負けはお天道さんしか知らん。せけどな、お天道さんっつぅのんは頑張っとるヤツ、よう見とるもんやで」
そういうと、おじさんはくちばしみたいな口をパカっと開けて、ガハハと笑った。
‐‐‐
月曜日の放課後。
いつものように、僕は校庭わきの砂場にいった。
「さてさて、」
コーちゃんは辺りを見回した。
「今日、最初に投げられたいやつは誰だ?」
誰も手を上げなかった。みんな、投げられるのはイヤだからしかたない。
一回目が勝負。おじさんの言葉を思い出して、勇気を出して一歩前に出た。
「あらあら、泣き虫エーちゃんが最初なんてめずらしい」
コーちゃんがそういうと、みんなはドッと笑った。
バカにされた恥ずかしさと悔しさで、涙が出そうになった。だけど、泣いたらもっとバカにされるのでグッとこらえた。
砂場に入ると、うつむいたまま四股を踏んだ。
腰の位置を確認。目を開けたまま、腰を上げずにぶつかる。生え際を相手の胸にぶつける。左足をかける。右手は膝の裏をつかむ。肩で押す。
おじさんと何十回も練習した動きを、一つずつ思いだした。
顔を上げると、コーちゃんの肩越しに太陽が見えた。
……お天道さんっつぅのんは頑張っとるヤツ、よう見とるもんやで……
おじさんの声が聞こえた気がした。
コーちゃんはまだへらへらと笑っている。僕に負けるなんて、少しも思っていない顔。油断している、今がチャンスだ。
見合って、両手を砂場に叩きつけた。
「はっけよい、のこった!」
その言葉を聞いて、僕はコーちゃんに思いっきりぶつかっていった。
‐‐‐
家の冷蔵庫から盗んできたキュウリを握りしめて、沼のほとりに来た。
「おじさーん!」
何度呼んでも、おじさんは出てこなかった。
僕は近くに落ちていた石を拾うと、思いっきり沼に投げ込んだ。
「イッター! なにすんねん」
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