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沼の中から叫び声が聞こえた。前と同じように、びしょ濡れのおじさんが頭をさすりながら出てきた。頭には、また大きなこぶができていた。
「なんや。エーちゃんか。どうやった。勝ったか?」
「やったよ! おじさん! 勝ったよ! 僕に負けたのがよっぽどショックだったのか、『風邪ひいてるの、忘れてた』とかいって特訓はすぐに終わりになったんだよ!」
「そかそか。よかったな。でもな、エーちゃん。一回勝ったぐらいでそない喜んだらあかん。おごりや慢心は禁物やで。なにごとも、日々精進っつーのが大切や」
「これ、お礼にと思って」
僕はキュウリを差し出した。
「キュウリやないか!」
おじさんは長い腕でキュウリをひったくると、ポリポリ食べ始めた。
そんなおじさんを見ながら、僕は意を決して聞いた。
「おじさんって、河童なんでしょ?」
「そうやで」
必死にキュウリを食べながら、おじさんは答えた。
「えっ、隠してたんじゃないの?」
「ん、なんで隠さなあかんのや?」
おじさんは右上を見ながら少し考えると、とがった口を開けてニカッと笑った。
「あー、そうか。最初に会ったときにギャン泣きしとったから、言いそびれとったか」
そういうと、おじさんは妖怪の世界の話を話し始めた。
この世には人間の世界にそっくりな、妖怪の世界というのがある。二つの世界は分かれているけど、お互いにかなり影響しあっている。人間世界の地震は、妖怪世界での大きな戦争が影響していたりする。
基本的に行ったり来たりはできないんだけど、二つの世界の境目があいまいになっているところがある。今いる沼のほとりみたいな場所。おじさんはそれを『特異点』と呼んでいた。
「とくいてん?」
「そうや。ここは誰でも入れるわけやない。色々条件はあるんやけど、特定の人間や妖怪が、ある期間しかはいれへんのや」
「ふーん」
おじさんは色々説明してくれたけど、僕には難しすぎてほとんどわからなかった。
「そういえば、おじさんは尻小玉を取るの?」
おそるおそる聞いてみた。
「尻小玉ってなんや?」
「お尻に入ってる小さな玉だって、お父さんは言ってた」
「小さな玉?」
おじさんは、腕を組んで少し考えた。
「そりゃ、たぶん、いぼ痔やな」
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