泣き虫エーちゃん

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 昼ご飯を食べて、昨日の場所に来た。  沼からは離れておいた。水面に近づかなきゃ、引き込まれないだろう。陸上にいれば、いざとなったら大きな声を出せる。そうすれば、誰かが助けに来てくれるはずだ。 「お、おじさーん」  おそるおそる呼んでみた。 「ここやで」  振り返ると、大きな石の上であぐらをかいたおじさんがいた。どこから持ってきたのか、キュウリをかじっている。 「お、お、お、おじさん!」 「どうした? なんでそんなに、驚いとるんや?」  おじさんは不思議そうな顔をした。 「い、い、いや。な、な、なんでもないよ」  できるだけ冷静に答えた。下手におじさんを刺激すると、血を抜かれたり、尻子玉を抜かれる可能性がある。 「今日はええ天気やしぃ、絶好のケイコ日和やでぇ」  こっちの不安をよそに、おじさんは四股を踏み始めた。 「ええか、四股は相撲の基本や。腰が高かったり、軸がぶれとると、ええ四股は踏めん。上げる足を気にするんやぁない。踏ん張ってる足がまっすぐになるように、反対の足を上げるんや」  おじさんのマネをして、四股を踏んでみた。右足を高く上げると、左足がグラグラする。 「そんな高く足が上がらないよ」 「腰が高いんや。腰を落として、へそに力を入れて、地面が傾いていく感じで足を上げてみぃ」  おじさんの言われた通りにやったら、今度はうまく足が上がった。 「そうや。やればできるやないか。」  おじさんは嬉しそうな顔をした。僕はしばらく四股を続けた。何度かやるうちに、思ったよりも腰の位置を下げた方がうまくいくことが分かってきた。  うまくいくと、おじさんは褒めてくれた。褒めてくれるので、どれが正しい四股なのかが分かった。うまくできるようになると、だんだん四股が楽しくなってきた。 「よぉし、そんなもんで、ええやろ。次は立会いや」  おじさんは大きな丸を書き、その真ん中に二本の線を書いた。 「エーちゃんは、そっちや」  向かい合うと、おじさんは両手を地面につけた。 「ええか、立会いで相撲は決まる。一回、来てみぃ」  僕はいつものように両手を地面につけると、目を閉じておじさんにぶつかっていった。  おじさんは岩のように堅かった。 「エーちゃん、目ぇつむっちゃあダメや。あと、腰や。どうなっとる」
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