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目を開けると、おじさんは腰を落として僕を受け止めていた。それに比べて僕は、腰の位置が高く、ほとんど立ち上がった姿勢でぶつかっている。
「相撲の基本は?」
おじさんが聞いてきた。
「四股」
「そうやぁ。四股をうまくやるには?」
「腰を落とす」
「そうや、わかっとるやないか。立会いのあとは、おっちゃんにぶつかるまで目ぇ見開いて腰ぃ落としたまま来てみぃ」
おじさんはそういって離れると、もう一度向かい合って、両手を地面につけた。
「髪の毛の生え際を、おっちゃんの胸にぶつけるつもりで、突っ込んで来てみぃ!」
うなずくと、僕は両手で地面を叩いた。腰を落としたまま、頭をおじさんの胸へぶつけていった。おじさんの胸に僕の頭が当たって、ゴンッ、という鈍い音がした。さっきは岩のように堅かったおじさんが少し動いた。
「そのまま立ち上がりながら、右で投げるんや!」
おじさんが叫んだ。エーちゃんは無我夢中で右腕でおじさんを押した。
おじさんが草むらに転がった。慌てておじさんに駆け寄った。
「おじさん! 大丈夫?」
「やればできるやないか。今のが上手投げや」
おじさんは腰をさすりながら立ち上がった。
「これがあれば、コーちゃんに勝てるかな?」
僕は興奮していた。なにせ、人生で初めて技が決まったのだ。
「いや、上手投げじゃあ、勝てへんやろな」
「そうなの?」
「上手投げは、自分よりでっかい相手にはあんまりよかない」
「なんだぁ」
「でも、基本の技やから、しっかり覚えときぃや」
「おじさん。コーちゃんに勝てる技を教えてよ」
「ええやろ。とっておきの教えたるわ。それはなぁ……」
僕はまじまじとおじさんを見た。
「三所攻めや」
「みところぜめ?」
「そうや、ちょっとそこに立ってみぃ」
おじさんは、僕の体にしがみつくような形をとった。
「左足は相手の足ぃ掛けて、右手は相手の膝裏をつかむ。んで、そのまま肩で押していけばええんや」
その体勢から、少し押されただけで草むらに転がってしまった。
「おじさん、すごいよ! これだったらコーちゃんに勝てるよ!」
僕は立ち上がりながらいった。
「そうや。でもな、この技は、来るぅわかっとる相手には通用せぇへん。せやから、一回目が勝負や。絶対外したら、あかん」
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