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とっさに口から出てきたのは、そんなことばだった。
「あれ、なんとなく、ぼくもわかるような気がする。ぼくもよくそうなるから。急にサボりたくなって、だから、今日も早退」
七尾さんの口元に笑みが浮かんだ。とてもやさしい笑みだった。
「ダメだよな、なおさないとな、このサボり癖。七尾さんにも悪いことしちゃったし」
「そんなこと、言わないでよ」
七尾さんはついと立ち上がって、紙ナプキンをゴミ箱に放りこんだ。
「佐山くんがダメだったら、あたしどうなるのよ。今のあたしって、人生早退したようなもんだよ」
思わず吹き出してしまう。人生の早退。うまいこと言うよな。こんな冗談、言える子だったんだ。笑ってまずかったかと横目でうかがうと、七尾さんもにこにこしているので、ちょっとほっとした。
「でも、今日は早退して、よかった。そのおかげで佐山くんにバレンタイン渡せたもん。二年越しに」
ぼくは、チョコレートケーキの最後のかけらを口に放りこんだ。
「ぼくも早退してよかった。おかげで、生まれて初めてのバレンタイン、もらえたもんな」
「へえ、初めてなんだ」
七尾さんがぼくの顔をのぞきこんだ。その笑顔を見ていると、何の根拠があるわけではなかったが、彼女はきっとだいじょうぶな気がした。もちろん、ぼくだって。サボり癖くらい、そんな気にすることもないよな。早退していいことだってたまにはあるみたいだし。いつの間にか傾きかけた日差しが商店街を歩く人の影を長く伸ばしていた。君はきっとだいじょうぶだよ。甘い名残を舌先で転がしながら、そんなことばが喉まで出かけたが、結局照れくさくて言えなかった。
(了)
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