2/7
前へ
/7ページ
次へ
 橋を渡ったところで、目の前に現れた巨大な丸いものにぎょっとする。化学工場のタンクだ。すっかり見慣れた景色のはずなのに、初めて目にするような気がした。桜はとうに散ってしまった。側溝にちらほら残っていた花びらの残骸もおとといの雨で一掃された。周囲の状況はどんどん変わっている。変わらないのは、ぼくだけだ。  月曜日の昼下がりに一人で路地を歩いているのは、学校を早退したからだ。四月に高校生になり、環境が変われば気分も変わるかと思ったが一か月しかもたなかった。教師には体調が悪いと言って許可をもらったが、それは嘘で、ただのサボりだ。このサボり癖は、中学生の頃から定期的にぼくを襲った。ある時、突然学校がいやになるのだ。いじめにあっているわけでもないし、特に苦痛なことがあるわけでもない。理由は自分でもわからない。確かなことは、それは前触れもなくやってきて、いったんやって来ると、心が硬直したようにどうしようもなくなるのだ。ただ、月に数回程度のことなので、高校受験には影響はなかったことが救いといえば救いだが、高校生活もこの調子かと考えると、自責の念に心は深く沈んだ。  あてもなくぶらぶら歩くうちにお腹がすいて来た。コンビニに寄ろうとしたところで、ふとケーキが食べたくなった。ぼくは、男のくせに甘いものが好きで、特に商店街の「クローバー」というケーキ屋のチョコレートケーキが大好物で、中学時代によく下校時に買って河原で食べたものだ。もうずいぶん長いこと食べていない。足は自然と「クローバー」に向かった。  店の手前まで来たとき、ドアが開いて、女の子が足早に出て来た。彼女はぼくを見て、「あ」という顔で立ちどまった。髪が当時より少し長くなっていたが、そのどことなくさびしげな瞳は記憶に残っていた。同じ中学だった子だ。名前は、やばい、忘れた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加