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「佐山くん、だよね」  彼女はぼくの方に歩み寄ると、「あたしのこと、覚えてる?」と表情を不安げに曇らせた。ぼくがあいまいにうなづくと、少しさびしそうな顔になって、「中二のとき同じクラスだった、七尾瑠璃」。そうだ、七尾さんだ。「久しぶり」とにこやかに微笑んだつもりだが、名前を覚えていなかったことの気まづさに、頬がひきつっているのが自分でもわかる。七尾さんは、ぼくの制服の襟元の校章にちらっと視線を走らせて「岸谷高校、入ったんだ」。ぼくはうなづいて、七尾さんは?、と尋ねかけてことばを飲みこんだ。聞いてはならない質問のような気がした。目の前の七尾さんは制服姿ですらなく、ジーンズにパーカーだった。確か中二の終わりごろから、週の半分は欠席していたような気がするし、三年になってからはほとんど登校していないと聞いたことがある。七尾さんは、しばらく何かを考えるようにぼくのスニーカーのあたりをじっと見つめていたかと思うと、顔をあげ、 「今、時間ある? ちょっと、座ろうよ」  七尾さんに誘われるがまま、数件先のコンビニの前のベンチに腰を降ろす。チョコレートケーキに未練はあったが、七尾さんのどこか思いつめたようなようすに気おされて断れなかった。 「あたし、高校行ってないの。受験すらしてない」  ぼくは返すことばが見つからず、黙っていた。 「中学卒業して、しばらく家でぼーっとしてたんだけど、親の目もあるし、先週からさっきの『クローバー』っていうケーキ屋さんでバイトしてるんだ」  七尾さんは、急に思い立ったようにリュックからペットボトルを取り出すと、 「ところで、佐山くん、こんな時間に何してるの? 学校は?」  一転して、いたずらっぽい口調になる。ふいをつかれて、「早退。なんかだるくって」と口ごもる。  
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