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「もうひとつは、佐山くんの分」  思わず後ずさりしかけて、ある疑念が胸の奥に沸き起こった。ケーキを頬張りながら、箱をぼくに差し出す七尾さんはあまりにもにこやかすぎた。まさか。 「あたし中一のとき、演劇部だったの。二か月でやめたけど、もともと演技は得意なの」 「嘘、なのか?」  ケーキを頬ばりながらうなづく無邪気すぎる笑顔に、あきれるだけで、怒る気にもならなかった。 「でも、なんで、そんなくだらない嘘」 「とりあえず、食べてよ。おいしいよ」  七尾さんはぼくに箱を押しつけた。おいしいことはわかっている。本当なら、今頃とっくにケーキを食べ終えて河原で居眠りでもしているはずだったのだ。やけ気味でケーキをつかんで口に入れる。ほんの一瞬恐怖がはしったが、いつも通りまろやかな甘さが口の中いっぱいに広がっただけだった。七尾さんはケーキにかじりつくぼくをちらっと見て、ふっと切なげに視線をそらすと、 「よかった。やっと、渡せた」箱から紙ナプキンを取り出して口元を拭った。 「渡せたって、何を?」 「二年ごしの、季節はずれのバレンタイン」  七尾さんが急にくすくす笑い出したのは、わけがわからずポカンとしているぼくの顔がおかしかったからかもしれない。 「いい? 今から話すことは、嘘でも演技でもないからね」  七尾さんの話はこうだ。中二の時のバレンタインデーに、七尾さんは「クローバー」のチョコレートケーキを用意して学校に行った。渡す相手は何とこのぼくで、そのケーキを選んだのは下校時によく買っているのを見ていたかららしい。けれども、結果的に渡せなかった。なぜなら、七尾さんがぼくにケーキを渡す前に、ぼくは「早退」して帰ってしまったからだ。  コンビニのドアが開く音に、眠りからさめたように我に返る。さまざまな想いが脳内を駆けめぐっていた。七尾さんの気持ちなど、むろん気づいてもいなかったし、生まれて初めてのバレンタインプレゼントを没にしたのは、他ならぬ自分のサボり癖が原因だった。その残念さと、彼女に対する罪悪感がブレンドされて頭が混乱していたが黙っているわけにもいかず、 「あのさ、さっき、七尾さん、言ってたじゃん。心が固まって動かなくなるって」  
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