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愛美が自撮りと呼ばれる行為を始めたのは四年前のことだった。
高校生になったばかりの愛美は入学式から帰って来て、ふとスマホで自分を撮った。その画像を見てみると、慣れていないせいか愛美の顔が右半分だけ映り込んでいた。羽織っていたカーディガンの袖はゆったりと指先を隠していて幼い愛らしさを演出する一方で、上からのアングルで撮影したために本当の愛美の姿よりも胸が大きく、足が細く見えた。短いスカートから覗く太腿と黒靴下の比率もまるでアニメキャラクターのように完璧で、これが自分なのか、と愛美は驚いた。
それまでは友達とプリクラを撮る機会こそあったが、一人で写真に映る機会はほとんどなかった。卒業アルバムと、父親に連れられて行った遊園地での写真。それぐらいのものだ。卒業アルバムは映った自分をほとんど直視することなく、押し入れの奥深くに眠っている。遊園地の写真も、愛美は気軽に見返すことはできない。遊びに行った明くる日に、父親は家からいなくなった。小学三年生だった愛美はその唐突さに驚いたが、母親は全て織り込み済みだったようで、平然とその後の日々を過ごしていた。小さな愛美がメリーゴーランドの前で満面の笑みを浮かべていたその写真は、窓辺に伏せて置かれたままになり、写真立ての中で色褪せていた。
制服姿で写る自分の肌の色が少し黒いように見えて、愛美は画像加工のアプリを探して調整した。画面の中の愛美は雪のような肌に変わった。そして愛美はSNSに「高校デビュー♪」と記念のつもりで投稿した。
その瞬間、彼女の世界が変わった。
愛美の写真は多くの人達に拡散され、いつの間にかSNSの投稿を引用して集約したサイトの「美少女画像まとめ」に掲載された。美少女、と言われたことなど一度もなかった愛美は心底驚いた。投稿した画像には「かわいい」「リアル二次元」「次の写真は?」とメッセージが来た。次かぁ、と愛美は呟いた。もっと自分の事を見たいと言ってくれる誰かがこの世には存在している。中学の時は目立たない、普通の少女だったはずの愛美は、この日を境にお姫様を目指し始めた。
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