第1章

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 私たちはいつの間にか侵略され、搾取されることに何ら疑問を抱くことがなくなった。  しがない町工場を営んでいた私のもとに、ある日みすぼらしい風体の青年がたずねて来た。ここのところろくに食事もとっていないということだった。  どこかこれ見よがしの感のある疲労困憊っぷりに、まず私は警戒した。それでも、このまま追い返すような人の道にはずれたことはできない。私は青年に食事を与え、身体を休めさせるために事務所の一画に布団をしいてやった。  青年は与えられた食事をむさぼり食った。  私は再び警戒した。人並みはずれた食欲か、異様に偏食である場合は用心しなければならない。が、その心配も杞憂に終わった。青年は大食漢の人間よりいくらか少ない量を腹におさめるとすぐに満腹を訴えた。  青年はうつろな目をして食器を洗おうとした。私はその人間らしい姿にほっとしつつも、そんなことはいいからすぐに休めとわざとぶっきらぼうに言い放った。青年は遠慮がちに事務所の隅へ向かうと、布団の上に崩れ落ちた。  彼はそのまま3日間、昏々と眠り続けた。  ここでまた、警戒の針がふれはじめる。  このまま青年が眠り続けるようであれば、彼の身体に表れる何かしらの兆候を見逃さぬようにしなければならない。  睡眠の最中に光を放ってはいないか、異様に硬化したり、逆に軟体化してそのままドロドロに溶け出したりしてはいないか、人間では到底起こり得ないようなそれらの兆候を見逃さぬよう、私は緊張の糸をゆるめなかった。  青年はひたすら眠り続けた。  さすがにいぶかしく思えてきたその夜、工場がいきなり襲撃をうけた。窓が割られ、煙幕がはられ、見るからに屈強そうな何者かがなだれ込んできた。  戸締まりをして帰宅しようとしていた矢先のことだったため、私はただうろたえるよりほかなかった。 「ここは危険だ、すぐ逃げろ!」地の底からわき出るような深く重い声が響きわたった。  続けて響く哄笑。いや、あれは笑い声だったのか。とにかく聞いたこともない甲高い奇声がとどろいた。「邪魔をするな! おとなしく人間をよこせ!」  わけのわからぬまま、裏口からの脱出を試みようと駆け出してからすぐに踏みとどまった。
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