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青年を置き去りにするわけにはいかない。そう思った直後、事務所から人影が飛び出し、屈強な何者かに体を浴びせると、そのままふたつの影のとっ組み合いがはじまった。
私は工場の作業員たちを作動させた。この忠実で頑丈なロボット作業員たちには、免疫反応プログラムがほどこされている。DNAをインプットされていない未知の存在による破壊行為に対しては、異物と認識して攻撃をしかけるのである。
ひとまずは彼らに援護をしてもらうことにして、すぐさま事務所への階段を駆け上がる。
開けっ放しの扉の向こうへ身を低くして転がり込む。
部屋の隅、布団はもぬけの殻だった。
階下からは、気迫のこもった深い声と甲高い奇声が立ちのぼってくる。金属がぶつかり、こすれ合う音がそこにくわわる。
「平和をおびやかす者は容赦しないぞ!」
「邪魔をするなこのでしゃばりめ!」
深い声と甲高い声とが入り乱れる。そこに重なるモーター音と衝撃音。
「なんだおまえら、正義の裁きを妨げる者は承知せんぞ!」
「ぐうっ、不味い! こいつら人間じゃない!」
「食おうとするな、この化け物め!」
「うるさい! 人間になりそこなったミュータントめ!」
「ちがう! 我々スーパーヒーローは生身の人間を強化した“パワードヒューマン”、略して“パワード”なのだ!」
組んずほぐれつ、二体の影がののしり合う。
状況からして、あいつらのどちらかがあの青年だということか。
ではどっちだ?
スーパーヒーローとモンスターと、どちらが彼の正体なのだろうか。
私は事務所のシンクに汚れたまま重ねてある、青年が使用した食器を手にとり、DNA検出機に放り込むと、解析されたデータをすぐさまロボット作業員の中枢に転送した。
これで作業員たちにとって青年は異物ではなくなった。少なくとも青年に対しては攻撃をしかけないはずだ。
そこではっと息を飲む。
青年がモンスターだったらどうしよう。
作業員たちはスーパーヒーローに攻撃をしかけ、モンスターに私を襲う機会を与えてしまうことになる。
「ひいっ、なんだ貴様ら、あっち行け!」深かった声がうわずる。「正義と秩序を乱す者は、このワタシが――わあっ、ちょっと、やめろ、重い!」
不安は的中した。
ロボット作業員が異物と見なしたのは、さっきからやたらと“正義”を口走っている影、スーパーヒーローのほうだ。
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