第1章

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 青年を置き去りにするわけにはいかない。そう思った直後、事務所から人影が飛び出し、屈強な何者かに体を浴びせると、そのままふたつの影のとっ組み合いがはじまった。  私は工場の作業員たちを作動させた。この忠実で頑丈なロボット作業員たちには、免疫反応プログラムがほどこされている。DNAをインプットされていない未知の存在による破壊行為に対しては、異物と認識して攻撃をしかけるのである。  ひとまずは彼らに援護をしてもらうことにして、すぐさま事務所への階段を駆け上がる。  開けっ放しの扉の向こうへ身を低くして転がり込む。  部屋の隅、布団はもぬけの殻だった。  階下からは、気迫のこもった深い声と甲高い奇声が立ちのぼってくる。金属がぶつかり、こすれ合う音がそこにくわわる。 「平和をおびやかす者は容赦しないぞ!」 「邪魔をするなこのでしゃばりめ!」  深い声と甲高い声とが入り乱れる。そこに重なるモーター音と衝撃音。 「なんだおまえら、正義の裁きを妨げる者は承知せんぞ!」 「ぐうっ、不味い! こいつら人間じゃない!」 「食おうとするな、この化け物め!」 「うるさい! 人間になりそこなったミュータントめ!」 「ちがう! 我々スーパーヒーローは生身の人間を強化した“パワードヒューマン”、略して“パワード”なのだ!」  組んずほぐれつ、二体の影がののしり合う。  状況からして、あいつらのどちらかがあの青年だということか。  ではどっちだ?  スーパーヒーローとモンスターと、どちらが彼の正体なのだろうか。  私は事務所のシンクに汚れたまま重ねてある、青年が使用した食器を手にとり、DNA検出機に放り込むと、解析されたデータをすぐさまロボット作業員の中枢に転送した。  これで作業員たちにとって青年は異物ではなくなった。少なくとも青年に対しては攻撃をしかけないはずだ。  そこではっと息を飲む。  青年がモンスターだったらどうしよう。  作業員たちはスーパーヒーローに攻撃をしかけ、モンスターに私を襲う機会を与えてしまうことになる。 「ひいっ、なんだ貴様ら、あっち行け!」深かった声がうわずる。「正義と秩序を乱す者は、このワタシが――わあっ、ちょっと、やめろ、重い!」  不安は的中した。  ロボット作業員が異物と見なしたのは、さっきからやたらと“正義”を口走っている影、スーパーヒーローのほうだ。
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