第1章

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 かくしてモンスターは野放しになった。  のびのびと私を襲ってくるにちがいない。  私は階下に降りようと息を殺して足を忍ばせた。  突如、甲高い奇声が耳をつんざく。  慌てて事務所へ引き返し、ドアをロックした。  部屋を見わたす。  窓だ。やるしかない。  工場のほぼ天井裏といっていい場所にある事務所の、唯一外気と触れることができる一枚の窓から、私は脱出することにした。  窓から首を出して脱出経路を探る。  庇も雨どいもない。つまり、足場になりそうなスペースもしがみつくことができるような出っ張りもないということだ。  下は駐車場。とめてあるのは私のワゴンだけだ。  飛び降りるか?  いや、着地がいちばんやっかいな高さだ。衝撃で意識がなくなるでもなく、足をくじく程度ですむくらいでもない。悶絶してのたうちまわりたいのに骨が砕けて動けない、おまけに折れた骨の何本かは臓器をつらぬき血へどに溺れて呼吸もままならない、要するに最悪な状態で横たわる羽目になるくらいの高さだ。  しがない町工場と言えども大したもんだ。  背後に危険が迫ってはいないか、一瞬ドアをふり返ったそのとき、一縷の望みが目のはしをかすめた。  青年のためにしいてやった布団――シーツだ。  私はすぐさまシーツをはぎとると、机の足に先っぽを結びつけた。  窓の外へシーツを放る。  どの辺まで降りることができるのか、皆目見当がつかない。が、今はそれどころではない。ここより少しでも低ければ、途中で飛び降りてもなんとかなるはずだ。  両手にシーツを握り込み、思いきって身体を窓の外に放り出す。途端、机がガリガリと床を這って窓辺まで私を追って来た。安物の机にこの大役は無理があったらしい。机は体重をささえきれず、ペンや書類をまき散らしながら窓枠に激突した。  机が追走して来た分、宙に踊った私の身体は為すすべもなく引力の虜となった。直後、窓枠のつっかえのおかげでガクンと落下は止まり、私は両腕に相応の衝撃をうけつつ、あらためて宙ぶらりんになった。  振り子と化した私の顔のまえを換気扇が行きつもどりつかすめてゆく。  そこから垣間見た工場の内部では、信じられない光景が繰り広げられていた。  スーパーヒーローとおぼしき影とモンスターとおぼしき影。低く深い声と耳障りな甲高い奇声とが、みじめに交錯する。  ロボット作業員は双方の屈強な影をとり押さえていたのだ。
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