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「カオリ、会ってほしい人がいるんだ。」
一学期の終業式の朝。
いつものように朝食後のお茶をすすっていた父が静かに言った。
私は洗い物をしながら、声だけで振り返る。
「んー?」
水道の蛇口をわざと回す。
大きくなる水音に、父の声が少しだけ小さくなる。
「・・・・いや、なんでもない。」
「そ?」
まるで何も聞こえていないかのように振る舞う私の姿に、父はそれ以上何も言わなかった。
ついに来たか。
水の勢いを元に戻しながら、私の心は小さくざわめき出す。
茶碗を洗う手元が少しだけ乱暴になり、コップと茶碗のぶつかる音が響く。
「おっと、」
ぶつかったコップが倒れ、先ほどよりも派手な音がシンクの中で響く。
「大丈夫か??」
音に心配した父がテーブルから立ち上がる気配がする。
「大丈夫!ちょっと倒れただけだから。」
そう、ちょっとコップが倒れただけだ。
割れてもいないし、もちろん怪我だってしていない。
振り返った私は笑って言う。
「あ、ほら、お父さん、そろそろ出る時間だよ。」
私の声に、視線をテレビに映る時間へと向けた父は、「あ、あぁ、そうだな。」少しだけ寂しさを滲ませるような声で言った。
変わらない。
変わらない父の声に、少しだけ心のざわめきが消える。
バタバタと出る準備をする父の気配を背中に感じながら、私は再び洗い物を始めた。
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