優しい百舌

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 箒を持った美咲さんは竹槍を持った模範国民のようで、でも戦闘の意思はなくて代わりに晩御飯何がいいですかあ、などと訊いてくるので、何でも良いと言う前にじゃああなたの好きな秋刀魚にしましょうか、と言うのでお願いします、と答えて、またうつくしくなくなった灰を見やる。うつくしくないものが存在を許されないなどということはないから、あるがままを見る。夕暮れだった。  美咲さんが厨房で魚の死体を盛大に火あぶりにしている(遠赤外線だそうだ)最中を狙って、また写真を火あぶりにする。火刑に処すような恨みがあるわけではないが。蒸留されたこの世にありえないほどうつくしい紙を燃している。写真の中の人たちは笑っている。人ならば誰しもが持つ毒々しいものを無理に想像しようとしてみるが、思いつかない。人が持つものを持っていないのだから人ではないのだろう、などという皮肉めいた解釈はできるがそれはむろん冗談にしかならない。  煙で燻されて涙が出るかと一瞬思ったが、微量過ぎてそんなものは引っ込む。美咲さんのほうが余程大規模な狼煙にできそうな奴でこちらは可愛いものだ。  食卓で秋刀魚を食べている時に時間差で涙が湧きそうになり刑事物のカツ丼か、などと馬鹿らしいことを頭の中の常に感情と切り離された部分が考える。津波のような塊が来る前に美咲さん、この秋刀魚美味しいですね、などと言葉にしてしまうのはテクニックで、その切り離された部分が指示を出す。言葉は白々しいからすぐに津波は凪いだ鏡になる。本日は晴天也。晴れた日でも津波は来る、などと論理的不整合を考えたりする、下らない。     
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