憎しみは人を盲目にする。―オスカーワイルド

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* その日連絡が来たのはミクではなかった。着信には例の友人の名が表示されている。満男は電話に出た。 「よう。どうした?」 「よう、満男。今暇か?」 「まあ、別に暇してるけど……」 ミクに会ってから、満男は不思議とやる気に満ち溢れていた。今も部屋の中で軽くスクワットをしていた最中だった。そして日頃の運動不足をたたっていた。 「なら良かった。これから飲みに行こうや」 「しかし金が」 そう、この前回購入したコートといい、ミクとのデート代といい、出費はかさばっていた。おかげで今日の昼も生卵1個で済ませている。 「奢るからいいだろ。ちょっとは付き合え」 そういう事なら。すぐに了承した。今夜は酒が飲める。しかも友人の金で。何を飲もう。日本酒か、焼酎か。満男はすぐさま支度をした。もう外は暗く、友人とよく行く近場の居酒屋なら適当な格好でも構わなかった。黒の上下のスウェットに、いつものジャンパーを羽織って出かけた。一つ目の信号を右に曲がると、個人でやっている小さな居酒屋まきこが見えてくる。 「いらっしゃい。あら、どうもこんばんは」 50歳にしては若く見える店のママが、母親の如く笑を向けた。カウンターを挟んだ目の前の席に、友人が座っている。よ、と手のひらを上げるその下には、透明の液体が置いてある。ああ、既にこいつ出来上がってるな。満男はそう思った。 「悪いな。急に呼び出したりして。お前は何飲む?」 「俺は、ビールで」 「お母さん、ビール1本頂戴」 店の皆のママである、まきこは、あいよっと大きく張った声で返事をする。あの喫茶店とはまた違った対応だが、ここに来ると男共は見栄えも何も気にしなくて済むから居心地がいい。 まず先に目の前にお通しがやってくる。今日はほうれん草のお浸しだ。ここはお通しもまあまあ美味いので、とても気に入っている。 「この前会った以来だな。あの後デートしたんだろ?」 満男は熱いおしぼりで両手を拭きながら聞いた。友人の顔から急に笑顔が消えて、満男は不思議に思ったが、すぐに歯を見せて笑った。 「ああ、そうなんだよ。あの子写真どおり可愛かったよ」 「そうか。それなら良かったじゃないか。で、また会うのか?」 友人は焼酎を一気に飲み干した。あっという間に空になったコップをカウンターに突き出し、母さん、もう一杯頼む。と、お代わりをした。
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