憎しみは人を盲目にする。―オスカーワイルド

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* その日の夜は寒くて仕方なかった。寒くて寒くて、まるで氷河の上に自分一人だけ取り残されているような孤独を感じた。冷蔵庫を開けてみる。入っているのは長ネギとウーロン茶だけだった。子供の頃、冷蔵庫の中にはいつもゴチャゴチャとうるさくて、ちゃんと片付けろよ母ちゃんと思っていたものだが、今やあの頃のうるさい冷蔵庫が恋しく思える。生活は目に見えて困窮している。残った退職金で慎ましく生活をしているものの、そろそろ精神と身体が爆発しそうだ。 またあの友人と飲みに行こうか。それとも風俗にでも行って一発やっていこうか。最後にやった女はパネルの中と全く違って詐欺だと訴えたかった。写真の中の女はモデルのようだったのに、実際出てきた女は自分よりも太っていた。でも今となってはその女でいいからやりたい。 満男は例の友人に電話をかけた。コール音を律儀に待った後、友人のしゃがれた声が出た。 「おお、満男。どうした?」 「ああ、あんまり暇だったんでちょっと飲みにでも出かけないか?」 「はは、暇……か。アレはやってないのか?」 友人は軽快に笑った。満男はアレという言葉に察しがつくと、恥ずかしそうに俯いた。 「あんなの俺には向いてないって分かったんだ」 本当は、相手から連絡が来ずに止めたとは言えなかった。 「俺も最初はそうだったよ。でも、今度会うことになったんだよ。初デートだ」 どうりで声色に青春の若さが滲んでいる、と満男は思った。きっと想像するに鼻の下を伸ばしただらしない表情をしていることだろう。一人だけ夕暮れの土手に登ろうとしている友人に対し、満男は胸が熱くなった。無意識に笑顔が引き攣る。 「良かったな」 「きっと最後までやれるぞ。あんな可愛い子が俺なんかと会ってくれるなんて」 そうだ、その通りだ。何でお前みたいな禿げたオヤジなんか。満男は何だか無性にイライラしてきた。自棄酒がしたい。 「悪い、用事を思い出したから切る。デート頑張れよ」 そう言って、返事も聞かぬまま通話ボタンを切った。部屋に静けさが痛々しく現実を突きつける。満男はどうしようもない憤りに自分の髪をぐしゃぐしゃと掻いた。あいつに負けるなんて有り得ない。俺の方が格好いいじゃないか。俺だって自分より年下の女と付き合えってみせる。今に見てろ。
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