天使のささやき

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 逃げるようにして席を譲りながら、妊婦に背を向けて近くのつり革につかまった。アキラはそのままぼんやりと窓の外に目を向けていたが、周りの人から見られているような気がして、そわそわして落ち着かず体は熱くなった。しかしその気持ちと同じくらい、どこかアキラは清々しい気分になっていた。普段、他人から感謝されることに慣れていないせいか、心が満たされていくような、なにかとても新鮮な気分をアキラは味わっていた。  一片に多くの出来事が起こり過ぎて、気持ちの整理がつかないでいるうちにも、電車は走り続け、気づけばアキラは大学の最寄り駅に着いていた。  電車を降りると、浮かれた気分も抜けたアキラは、先ほど見た小人のことを思い出していた。果たしてあれはなんだったのだろうか。大学に向かう道の途中でアキラは何度も首を傾げた。もしかして幻覚ではないだろうか。これといって変化のない日常に退屈して、ついにはあんなものまで見えるようになってしまったのだろうか。それとも単に疲れているだけなのか。  きっとそうだろう。あんな小人がいるなんてどうかしている。アキラはそう自分に言い聞かせて先を急いだ。腕時計を確認すると、二限目の授業の開始時刻まで、あまり時間がなさそうだった。  そんな矢先、アキラの元に再びすかした顔でその小人は現れた。今度は間一髪のところで動揺を抑えて、なにも気がつかなかった振りをしてアキラはそのまま歩き続けた。電車の中での周りの人のようすからして、どうやらこの小人は自分以外の人間には姿を見ることも声を聞くこともできないようであった。  頭の中では様々な疑問が渦を巻いていたが、周りの目が気になったアキラは、それらを無理やり抑えつけて黙々と歩いた。そんなアキラの心の内を知ってか知らず、小人はアキラの周りをくるくると回り続け、にやにやと笑みを浮かべながら後を付いてきた。  そのまま商店街を通り過ぎ曲がり角を曲がったところで、人通りが少なくなったことを確認すると、すぐさまアキラはその得体のしれない小人に詰め寄った。 「お前、一体なんなの?」  ようやく我慢が解かれたアキラは、前のめりになって質問した。それを待っていましたと言わんばかりに満足そうな笑みで迎え、実にもったいぶった口調で小人はしゃべり始めた。
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