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オフとオンの激しい彼女。
レンタル受けに返された品々をジャンルごとにより分ける。だいたい作品のジャンルごとに棚を分けてあるので、こうすると作業がしやすい。スプラッタやロマンポルノは借りられる本数が少ないから、返されるものも当然少ない。そうすると一度に棚に戻そうと一緒に持って行くことになる。この日はアダルト作品も返されたものが少なく、三つのジャンルを合わせても十本くらいだった。
夜も深くなれば客も少なくなり、深夜帯のシフトで入っている店員の数も少ない。とっとと早く済ませてしまおう。そう思い両の手いっぱいにレンタルケースを抱える。
一作品、二作品と棚に戻す。やけに棚の上段のものが多い。
別に身長が低くて届かないわけじゃないが、上段にばかり品物が集中するとどうしても、視野が上方にばかり向いてしまいがちになる。上を向いたまま横歩きをした瞬間に、勢いよく肩が固いものにぶつかった。骨と骨がぶつかった重々しい独特の感触がした後、からりと軽い音がした。
「すみません」
咄嗟に直感した。自分の肩が女性の頭部にぶつかり、はずみで女性がかけていた眼鏡が外れたのだと。慌てて謝りながら床に屈みこんで、眼鏡を拾い上げる。見覚えのある太い黒縁の眼鏡だった。
見上げたそのとき、僕は初めて彼女と目が合った。まだマスクは取れていないが、目元で分かってしまった。
「藍原さん?」
「山下君……?」
眼前にあるあか抜けていない印象の彼女と、実験授業のときの聡明な彼女。それがひとりの女性の、オフとオンの関係にあることを理解するのに少々時間がかかったが、どこかミステリアスで縁遠いような印象を受けていた彼女が、同じ大学だったという事実を知って嬉しくもあった。
「……、藍原さんだったんですね」
「わ、私も同じ学年だとは思わなくて。――――知ってた?」
勢いよく立ち上がって激しく首を左右にぶんぶんっと振る。
少しオーバーなリアクションをした僕を、藍原さんは笑った。
「まあ、どっちにしろいいよ。大学では秘密がばれてもどうってことないし」
秘密という言葉が藍原さんの口から漏れた。
やはり、ここでの藍原さんは彼女の中では秘密の存在だった。相も変わらず、わざとらしいくらいに野暮ったい彼女の‘お忍び’の格好を見ればそれが分かる。
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