解剖実習中の彼女。

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解剖実習中の彼女。

 精気を失って毛がよれてしまった小さな肢体を、ピンで四肢を刺して磔にする。  生命科学科の実験講義、先輩からは聞いていた。この学科の必修講義、生命科学実験には、マウスの解剖実験があると。しかし、いざ自らの手で解剖するとなると妙な緊張感がある。実験の班分けは四人一組。先輩は、気持ち悪がる女子の目の前で、涼しい顔で解剖をやってのけ、先生が口を開く前に臓器の説明をしたという。前日の夜に動画サイトで予習したそうだ。――――涙ぐましい努力だ。 「固定ができたら、下腹部の皮膚をつまみ、隆起させてから刃先を入れてください」  そして同じ役回りを僕がさせられている。班のメンバーは男女が半々だ。ひとりの女子は口に手を当てて、「やだ、気持ち悪い」などと言いながら、もうひとりの男子の方に肩を摺り寄せている。その男は、贔屓目に見て少し男前だ。ちょっと腹が立つ。結局、ハサミは貧乏くじみたいなものだ。残るひとりの女子は、レジメのプリントで口元を隠しながら、切開されるマウスに視線を注いでいる。やけに目力が強い。  皮膚を割くと、内臓を包む膜がある。膜を切れば赤黒いものやらピンク色の物やら臓物が顔を出す。流石に眉をしかめたくなる。 「顎に向かって真っすぐに刃を走らせてください。肺をめくりあげて心臓の位置を確認します」  少し渋っていると、マウスに熱い視線を送っていた女子が声をかけてきた。 「ねぇ、バトンタッチしてくれない?」  思ってもみない言葉に、思わずその顔を見つめ返す。 「だめ?」  他のふたりの取り巻きも呆れたような顔を向ける。  この女も妙なところで上目遣いを仕掛けるものだ。少々赤黒いものが胸に来ていたので、先輩が率先して解剖したのにもかかわらず無収穫だったのを思い出し、バトンを渡す。後ろでまとめた艶のある束ね髪が、しなやかに揺れて僕の眼前に躍り出る。身長差が手伝って、彼女のつむじからシャンプーの香が鼻先を撫でる。
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